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わが国における切迫早産の管理

No.4748 (2015年04月25日発行) P.61

安日一郎 (国立病院機構長崎医療センター産婦人科部長)

登録日: 2015-04-25

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

欧米では切迫早産管理においてtocolysisは無意味とされています。塩酸リトドリンは新生児予後を改善するほどの妊娠延長効果がなく,母体ステロイド投与のための短期的な時間稼ぎとして使われるにすぎません。一方わが国では,塩酸リトドリンがjust-in-caseのコンセプトで,早発陣痛ではない症例も含めて長期間にわたり漫然と投与されている実情があります。これはエビデンスを軽視した過剰な医療と言えるのではないでしょうか。わが国における今後の切迫早産の管理のあり方についてのご意見を,国立病院機構長崎医療センター・安日一郎先生に。
【質問者】
室月 淳:宮城県立こども病院産科部長

【A】

以前,ある商業学術誌に以下のような一文を書きました。
「産科医療はいまだ多くの『謎』に包まれた領域であり,切迫早産はその代表的『疾患』のひとつである」。
切迫早産とその治療に関するエビデンスはご指摘の通りで,臨床の実際は,わが国と欧米先進国では大きな乖離があるように思います。その乖離の遠因は,1980年代の日本の産科領域へのβ刺激薬導入の歴史にさかのぼります。
塩酸リトドリンが切迫早産治療薬として登場した頃,米国ではloadingおよびweaning regimenとしてCaritisプロトコールが基本でした。すなわち,投与開始量50μg/分,20分ごとに50μg/分ずつ増量,子宮収縮が抑制されたらその投与速度で1時間維持,その後は20分ごとに減量し有効最低投与速度を12時間維持した後,短期間で投与を中止するというプロトコールです。
この方法は臨床的エビデンス〔当時evidence-based medicine(EBM)という言葉はまだ誕生していませんでした〕というより,塩酸リトドリンを長時間投与するとβ受容体のdown regulationが起こるという薬物動態理論をもとに,その最大の有効性と最小の副作用という観点から推奨された投与法でした。一方,わが国では,1980年代初頭に切迫早産の治療法としてβ刺激薬であるテルブタリンの「大量」維持療法が紹介され,日本中の産科病棟で長期間のテルブタリン持続療法が花盛りでした。米国のように明確なweaning regimenがほとんど紹介されないまま,わが国ではテルブタリンの長期維持療法の経験が背景となって,塩酸リトドリンの導入時から長期維持療法が一般化されたのです。
さて,その後のEBMの登場でEBM先進国の米国では,あらゆる分野をランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)による治療法の見直しが席巻します。切迫早産治療薬も例外ではなく,塩酸リトドリン短期投与法によって投与開始後48時間以内の早産を有意に抑制する効果が示されました。しかし,わが国で漫然と行われているような持続点滴による長期維持療法に関するRCTは行われる術もなく,したがって,エビデンスが確立されることもありませんでした。
欧米で検討された長期維持療法は,わが国のような静脈点滴法ではなく,持続皮下注入法と内服法で,いずれも有効であるというエビデンスを確立できませんでした。本来なら,わが国が積極的にその有効性を検証しエビデンスを発信する,という立場であるべきですが,それができないところがわが国でEBMが根づかない状況を物語っています。
2011年の米国食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA),それに引き続く2013年の欧州医薬品庁(European Medicines Agency:EMA)によるβ刺激薬の投与規制勧告(24~48時間あるいは72時間に限定)によって,塩酸リトドリンの長期維持療法のみならず,硫酸マグネシウムとの長期併用療法,そして塩酸リトドリン内服療法のすべてが,国際的には既に葬り去られた治療法と位置づけられています。
現在,わが国で経験的に漫然と続けられている長期維持療法について,その安全性と有効性に関する新たなエビデンスをわが国から発信するか,エビデンスに基づいて投与規制を行うか,私たちは今,その岐路にあります。わが国の周産期医療におけるEBM確立の試金石ではないでしょうか。ちなみに,当院では長期維持療法,併用療法,内服療法は10年前にすべて放逐しました。

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