【Q】
近年の肥満の増加によりBMI 35以上の高度肥満を呈し,肥満合併症の1つである心不全をきたしている症例を経験します。しかし,内科的治療では運動療法の強化が難しいため,病態の改善に有効な減量効果を得ることができません。一方で,現時点において保険診療で認められる肥満の外科的治療は,全身麻酔下で行われる胃縮小術のみであるため,心不全の程度によっては手術が困難であると予想されます。では,実際にどの程度の心機能まで手術が許容されるのでしょうか。東邦大学医療センター佐倉病院・齋木厚人先生のご教示をお願いします。
【質問者】
長尾元嗣:日本医科大学付属病院糖尿病内分泌代謝内科
【A】
肥満に合併する心不全の原因としては,冠動脈疾患,高血圧,睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea syndrome:SAS),心筋症などが挙げられます。中でもBMIが35を超えるような高度肥満症例でみられる心不全は,冠動脈に狭窄病変がなく,拡張型心筋症様の所見を呈することが多く,近年では肥満心筋症(obesity-related cardiomyopathy)と呼ばれています(文献1)。
肥満心筋症は,病理学的には心筋組織内に脂肪蓄積がみられ,その脂肪毒性により心筋の収縮力が落ちる病態であると理解されています。高度肥満の全例でこの病態が惹起されるわけではなく,その原因は十分明らかではありません。減量治療により,心機能が可逆的に改善しうることも特徴です。
私たちの経験を示します。労作時の呼吸苦で来院した50歳代男性。2型糖尿病と高血圧があります。体重154kg,BMI 49.7,血圧153/88mmHg,胸部X線はCTR70%で肺うっ血像があり,心エコーは駆出率(ejection fraction:EF)23%で拡張型心筋症様の所見がありました。冠動脈造影で狭窄病変は認めませんでした。また,軽症のSASがありました。
肥満心筋症による心不全と診断し,直ちに薬物,酸素投与,水分管理の集中治療を開始し,さらにフォーミュラ食(文献2)を用いた減量治療を加えました。入院2カ月で120kg(BMI 38.7)まで減量したところ,心不全症状はなくなり,EFは50%まで上昇しました。その後,全身麻酔下で腹腔鏡下スリーブ胃切除術を行い,術後1年が経過して,現在90kg台(BMI 30前後),EF55~60%で推移しています。
このように心機能が安定していれば,全身麻酔下の肥満外科治療は,心機能の改善および心不全の再発予防の目的で十分選択されうるものと思われます。一方で,「どの程度の心機能まで手術が許容されるか」については,一定の見解は得られていません。海外では,EF10~20%の重症心不全を有した高度肥満症例(BMI 43~52)に対して,全身麻酔下の肥満外科治療を行ったという症例報告があります(文献3)。これは,心臓移植のリスクを減らすことを目的として肥満外科治療が選択されたようです。
一方で同様の心機能レベルでも,肥満外科治療を行うことで,心臓移植なしに心不全症状をコントロールしえたという報告もあります(文献4)。同報告では術前に15~20%だったEFが,術後に上昇することなく心不全症状が改善していたことも興味深い点です。肥満における心不全の病態は,心機能のみが規定しているのではなく,SASや後負荷の増大などの要因が複合的に絡み合って形成されること,そしてそれらの病態が減量によって改善することを示唆しているのだと思います。
【文献】
1) McGavock JM, et al:Ann Intern Med. 2006;144 (7):517-24.
2) Shirai K, et al:Obes Res Clin Pract. 2013;7(1): e43-54.
3) Wikiel KJ, et al:Surg Obes Relat Dis. 2014;10 (3):479-84.
4) Samaras K, et al:Heart Lung Circ. 2012;21 (12):847-9.