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温泉禁忌症に悪性腫瘍が含まれる理由

No.4728 (2014年12月06日発行) P.67

大塚吉則 (北海道大学大学院教育学研究院人間発達科学分野教授)

前田眞治 (国際医療福祉大学大学院リハビリテーション学分野教授)

登録日: 2014-12-06

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

環境省は本年,温泉の入浴を避けるべき禁忌症から32年ぶりに「妊娠中」の文言を削除することを決めた。温泉の禁忌症には「悪性腫瘍」が含まれているが,本例が温泉入浴を避けるべき根拠は何か。 (兵庫県 M)

【A】

温泉の禁忌症とは(1)温泉の泉質が禁忌,(2)入浴が禁忌,そして(3)温泉療法が禁忌,の場合が考えられる。悪性腫瘍の場合は主に(3)が当てはまる。
明治19年に発刊された「日本鉱泉誌」(内務省衛生局 編)に「肺結核,慢性肺炎の末期,壊血病と癌腫のように重症で全治を期待できない者は自宅で静養するのがよい。温泉地へ行くまでに体がもたなく,却って命を縮めることになる」と記載されている。また,昭和12年の「温泉須知」(西川義方)には「高血圧症,重症の腎臓病,癲癇,癌腫などは入り湯の禁忌である」と示されている。さらに昭和14年の「温泉療法」(高安愼一)には,温泉療法の禁忌として「憔悴状態(結核または癌腫の進行せるもの)」との記載があり,昭和19年の「実験温泉治療学」(松尾武幸)では,「憔悴状態にあるものには元より害がある。又悪性腫瘍と診断確定せるものを僻地の温泉場に送ることは間もなく看護医療そのほかの点に於いて自他ともに迷惑を起こす因となす」とされている。そのほか,昭和18年には胃癌の温泉療法についての記載があり(酒井谷平),そこには,「一般に胃や腸等の悪性腫瘍は温泉療法の禁忌であるので温泉地へ送ってはいけない」と記載されている。ドイツでは胃癌患者が自ら入浴療法や飲用療法を行って,重症化して帰郷したり,それまで潜伏していた胃症状が急速に悪化することを経験しており,胃癌の患者を温泉地に送ることを戒めている。
以上より,交通機関・医療の発達していない過去においては,温泉地に出かけること自体が心身に過度の負担をかけ,それだけで死に至ることがあったこと,温泉地では満足な医療を受けることができないので病状が悪化したこと,などが悪性腫瘍を温泉療法の禁忌としてきた根拠ではないかと考える。
しかし現代ではこのような心配はまずないと思われ,今回改訂された新しい禁忌症では「活動性の結核,進行した悪性腫瘍,高度の貧血など身体衰弱の著しい場合」としている。この根拠は,過労時の入浴は脱水症や血栓症などのため入浴事故を起こしやすいという報告(文献1) に基づいており,悪性腫瘍でも全身状態が良好な場合や術後などの療養には差し支えないと考える。この場合,免疫機能を賦活化する単純温泉(文献2),体に与える刺激が少ない弱食塩泉などの緩和性の温泉がより良いと思われる。また,温泉療法・入浴はがん患者の心のケアにはとても有効であると考える。
温泉療法は温泉入浴から受ける刺激のほか,温泉地の気候の影響も受ける。この自然環境から受ける刺激に生体の自然治癒力が反応し,自律神経系,ホルモン系,免疫系などが変化して,病気の治癒,健康増進へと導くのである。そのため,生体がこの自然環境から受ける刺激に反応できない状況では,かえって負荷が著しくなり,病態を悪化させることになる。つまり,身体衰弱の著しい場合は温泉療法を行ってはいけないのである。では,1回(温泉)入浴はいいのか,ということになるが,これはほかの病気でも同じことで,患者のそのときの状態により,ケースバイケースで考えることになる。

【文献】


1) 須田民夫:日温気物医誌. 2002;65(4):212-5.
2) 大塚吉則, 他:日温気物医誌. 2002;65(3):121-7.

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