【Q】
60歳代前半,男性。2014年2月,PSA値が3.3ng/mL,同年4月4.4ng/mLと基準値を超えたため,泌尿器科を紹介しました。短期間で上昇したため「慢性前立腺炎の急性増悪」と診断し,レボフロキサシン(クラビット)500mg 1錠を4日間投与したところ,1カ月後の採血で,3.62ng/
mLに低下しました。
このような短期間のPSA値の変動は,前立腺の生検の適応ではないのでしょうか。また,慢性前立腺炎の度重なる再燃は,将来の前立腺癌のリスクになりますか。このケースで生検を考慮する場合の判断材料をご教示下さい。 (愛知県 N)
【A】
前立腺癌の診断マーカーとして,PSAは最も感度が高い腫瘍マーカーですが,PSA値には生理学的な変動があり,慢性炎症,射精などがPSA値に影響することもあります。PSA値が4ng/mL以下では,平均10%程度の変動(上昇あるいは下降)があり,生理学的な変動を超えて20%程度高くなることも,約2割の男性でみられます。短期間での変動原因は特定できないことが多いのですが,様々な生理学的要因,慢性前立腺炎を含む良性前立腺疾患が関係していると考えられます(文献1)。
前立腺癌検診のデータでは,PSA値1ng/mL以下,1~2ng/mL,2~4ng/mLと基準値範囲以内であった検診受診者が比較的短期(1~2年後の検診受診時)にPSA値4ng/mL以上に上昇した場合,結局は非がん由来(炎症など)の上昇であった確率はそれぞれ100%,86%,49%との報告もあります(文献2)。
質問のように非常に短期間で上昇した場合も,確率的には生理学的あるいは炎症による上昇の可能性が高く,泌尿器科では一般的に経直腸的超音波検査(transrectal ultrasonography:TRUS),直腸診(digital rectal examination:DRE)で異常がない場合には,2~3カ月後のPSA値再測定とします。あるいは質問のように慢性前立腺炎の増悪を考えた場合,抗菌薬投与後にPSA値再測定を行うことが多くあります。
PSA値は,がんでは多少の変動があっても徐々に上昇するのが一般的で,良性疾患による上昇では変動しながら低下することも多いため,真のPSA値は,多くの場合,直近の最も低い値を採用します。
質問の症例では,PSA値4.4ng/mLではなく,3.62ng/mLを生検実施の判断材料として採用するため,またおそらくDREやTRUSでも異常がなかったために,すぐに前立腺生検を行わないと判断したと考えられます。
ただし,PSA値が3~4ng/mLであっても,専門医によっては年齢階層別PSA基準値(64歳以下3ng/mL以下,65~69歳3.5ng/mL以下,70歳以上4ng/mL以下)を生検適応としていることもあり(文献3),また,PSA値が4ng/mL以下であっても,TRUSでがんを疑わせる低エコー域の所見が認められることもあり,今回のようにベースとなるPSA値が年齢階層別PSA基準値を超えている場合には,一度は専門医を受診してもらうとの判断は適切であったと考えます。
PSA値4~10ng/mLであっても,専門医は年齢,前立腺体積,合併症,DRE所見,TRUS所見,遊離型PSA/総PSA比などを参考に,即時生検を行わない症例も多くあり,紹介元の一般医家に経過観察依頼をすることも多いのです。
質問の症例を含め,専門医による諸検査の結果,即時の前立腺生検を行わなかった場合でも,微小癌の見逃しの可能性,将来の新規発生癌の診断遅れがないように,4~6カ月程度の間隔でのPSA検査による経過観察が必要になります。PSA検査に関する地域連携パスを利用し,専門医と連携しながら経過観察を行うことが推奨されます。
慢性前立腺炎は発癌に関与している可能性もありますが,発癌にはそれ以外の遺伝的因子,食環境因子など多くの因子が関与しているため,炎症のない症例もある症例も同じように,先天的あるいは蓄積された後天的危険因子曝露の成績表と言われるPSA値(文献4)により,定期的にモニタリングを行うことが推奨されます。
【文献】
1) Komatsu K, et al:Urology. 1996;47(3):343-6.
2) Ito K, et al:Urology. 2003;62(1):64-9.
3) 日本泌尿器科学会, 編:前立腺癌診療ガイドライン2012年版(第2版). 金原出版, 2012, p29-49.
4) Ito K, et al:Cancer. 2005;103(2):242-50.