序文
泌尿器科領域にあっては,従来抗癌剤化学療法は,尿路上皮癌,精巣胚細胞腫瘍に対する治療がなされていたが,近年相次いで,転移性腎細胞癌,去勢抵抗性前立腺癌に対する薬剤が多数開発,上市され,広く使用されるようになってきた。従来のシスプラチンを中心とする細胞毒性薬では,有害事象のプロファイルなど,薬剤の種類によらず近似した部分もあるが,腎癌を中心とした分子標的薬,前立腺癌における新しいホルモン療法薬など,有害事象のプロファイルが大きく異なり,患者の治療管理において,留意すべき事項が多岐にわたるようになってきている。また,それぞれの疾患に対して,いつ,何を投与するべきかという薬剤の選択についてもコンセンサスの形成がまだなされておらず,混沌とした状況と言える。
また,従来は姑息治療として主に実施されてきた尿路上皮癌に対する抗癌剤化学療法も,neoadjuvantまたはadjuvantとして根治目的に投与する機会も増えてきている。
このような状況で,当センターで実施している抗癌剤化学療法の実際の投与方法について,まとめて報告させて頂いた。読者の日常診療の一助になれば,幸いである。
この静がんメソッドのシリーズでは,全編を通して,有害事象に対しての減量基準と減量早見表をつける体裁になっているが,泌尿器科編の精巣胚細胞腫瘍の章では,あえて記載を見送った。本シリーズで取り扱う治療は,ほとんどが姑息治療であるが,精巣胚細胞腫瘍の抗癌剤化学療法は完全長期寛解を目的とした根治治療だからである。姑息治療にあっては,治療期間中の患者のADL,QOLに配慮した治療継続は当然であり,減量早見表は多忙な日常診療の中で参考になることが多いと思われる。しかしながら,根治治療にあっては,もちろん患者のADLやQOLは重要であるが,それよりも治療強度(dose intensity)の維持が大切である。進行精巣胚細胞腫瘍は,肺転移5個以内,2cm以内,後腹膜リンパ節転移5cm以内であれば,適切な治療により,95%の患者で長期寛解が獲得できる疾患で,たとえ,high riskと言われる集団(骨,肝などの臓器転移,腫瘍マーカーが非常に高い症例)でも,半数で長期寛解が期待できる。不幸にして寛解に至らなかった集団の解析では,dose intensityの不足が指摘されている。有害事象の管理にあっては,マニュアル化した減量は厳に慎むべきと考えている。治療計画にあっては,個々の症例の現状を詳細に把握し,解析検討することをお願いしたい。
静岡県立静岡がんセンター
泌尿器科部長
庭川 要
静がんメソッドシリーズの監修にあたって
現在の化学療法の多くは,EBMに基づき,各癌腫ごとにガイドラインが整備されてきました。しかし,実臨床においてはいわゆる「標準治療」が適応され,何も悩まずに治療できる患者さんの割合は決して多くないのが現状です。患者さんの病態,全身状態ならびに治療目的,仕事環境,家庭環境など様々な情報に,医師の経験を加味して治療法を選択するわけですが,「この治療法」という正解があることは少なく,患者さんの状態も臨床試験のように一定というわけにはいかないため,多かれ少なかれ迷いながら治療をされているのが実情だと思います。当院へのセカンドオピニオンにおいても,高齢や腎機能低下,心機能低下といった合併症を持つ患者さんへの治療といった様々なパターンの治療選択の悩みが多く見受けられます。また,他院の先生からは「セカンドオピニオンという堅苦しい形ではなくてもいいので,治療のポイントやアドバイスがもらえれば助かる」との意見もたびたび聞かれます。我々のようながん専門病院は必然的に多くの患者さんを治療するわけですが,標準治療外の患者さんの治療において悩む点は同じです。ただ,我々は様々な患者さんの治療経験の積み重ねにより,治療選択における注意点や有害事象対策におけるポイントをいくつか持っています。当然,EBMが医療の根幹であり,まずはEBMをしっかり理解し治療することが必要ですが,EBMにはない,経験から得られるポイントが実臨床で悩んだときの大きな支えになります。この本は一般的なガイドラインとは違い,当院が実臨床として培ってきた経験的ポイントを公開することを目的として作成しています。そのため,EBMのあるもの,ないものすべてが記載されていることを十分認識した上でご活用頂ければ幸いです。患者さんの視点に立ち,すべての患者さんの希望に添った最善の治療(必ずしも化学療法のみではなく,緩和治療も含めた治療)を行うための参考になれば幸いです。
最後に,多忙な中,この本を出版するにあたり御執筆頂いた静岡県立静岡がんセンターの各科の先生方に深謝申し上げます。
静岡県立静岡がんセンター
副院長兼消化器内科部長
安井博史
"