男性更年期障害は,加齢もしくは種々の慢性ストレスに伴う男性ホルモンの低下による症状と定義されている。その診断はAMSスコア(男性更年期障害質問票)と男性ホルモン(血中遊離テストステロン)の定量で行われる。男性ホルモンの低下は男性機能の低下だけでなく,肥満や糖尿病,脂質異常症などを引き起こす誘因ともされ,ED(勃起不全)の症状も心血管系疾患の最初の兆候とも言われている。
一般的に男性ホルモンの低下においては,男性ホルモンの補充療法が行われる。男性ホルモン(「エナルモン」など)を3~4週に一度外来にて注射する方法や,男性ホルモン含有軟膏(「グローミン」など)の継続的な塗布が一般的である。注射はもちろん,塗布療法でも十分な男性ホルモンの血中濃度の上昇が見られるデータもあり,男性ホルモンの補充療法は一定の効果があるのは事実である。
しかし,男性ホルモンの補充が必ずしも男性更年期の症状改善につながらない場合も多い。また男性ホルモンの補充療法が逆に症状を悪化させる場合もある。漫然とした男性ホルモンの補充療法は前立腺肥大症の悪化や前立腺がんの発生要因ともなりかねない。
さらに,社会的プロフィールとして,症状の遠い原因には職場や家庭の事情,経済的要因があることも多い。実際に,筆者が受け持つ男性更年期患者の初診の20~30%が,既に精神科や心療内科の受診歴や処方薬の服用歴がある。これらの患者個人の社会的なプロフィールを加味すると,漢方を用いて包括的にその症状を改善させる治療も必要である。
AMSスコアは,17項目の質問からなり,その点数によって男性更年期の症状の分類と重症度が把握できる。男性更年期の症状は①身体的要素(全身倦怠感,疲労感,筋力低下など),②心理的要素(いらいらや不安感,緊張しやすいなど),③性的要素(性欲の低下,勃起不全,早朝勃起の減少など)の3つに分類される。これらを大まかに把握することにより,単剤もしくは複数の漢方の処方を考える。
本症例のように,身体的要因が中心の患者には,血中遊離テストステロンの定量を初診時に行い,まずは補中益気湯を2週間投与する。2週間で血中遊離テストステロンの値と症状の変化を観察してからホルモンの補充療法の必要性を検討する。加味帰脾湯や十全大補湯なども身体的症状が優位な症例には使用される。睡眠障害には酸棗仁湯を使用する場合が多い。精神的症状が優位な症例には四逆散,抑肝散,半夏厚朴湯,柴胡加竜骨牡蠣湯など,性的症状が優位の場合には八味地黄丸,牛車腎気丸,六味丸などが用いられる。
実際にはこれらの漢方を2~3種類組み合わせて処方する場合が多い。また,初診時に男性ホルモン(血中遊離テストステロン)と同時に採血するFSH,LHも低値を示すことが多く,精巣機能低下というよりは間脳下垂体系の機能低下が示唆される。このため,西洋医学的には脳内伝達物質の調整が重要視され,東洋医学的には気剤による治療を優先して考えている。