【Q】
ある事件の捜査の関係で,警察から「某日けがを負った○○歳くらいの人が救急受診しましたか」といった質問があった場合,臨床医や救急医は回答する必要はありますか。守秘義務や個人情報との関係を教えて下さい。 (兵庫県 K)
【A】
警察からの問い合わせがあった場合でも,医師・薬剤師・助産師には刑法上の守秘義務があり,正当な理由なく職務上知りえた秘密を漏らしたときには,秘密漏示罪として6カ月以下の懲役,または10万円以下の罰金に処せられることとなります。一方,刑事訴訟法第197条第2項には,警察官は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができるとされていることから,照会された病院などは回答する義務があると考えられています。ただし,回答を拒んだとしても罰則はありません。
守秘義務は「正当な理由なく」職務上知りえた秘密を漏らしてはならないとされていますが,警察による捜査照会はこの正当な理由にあたると考えられますから,警察に回答することは捜査照会というかたちをとってきたのであれば,秘密漏示罪にはなりません。ただし,秘密漏示罪にならないからといって,個人情報保護法上も問題がないと言えるか否かは検討しなければなりません。この点について,厚生労働省のガイドラインによれば,警察からの照会は法令に基づく場合(個人情報保護法第23条第1項第1号)として本人の同意なく,提供が可能とされています。ただし,これには異論もあり,患者にとっては自己の予測を超えるかたちで自己の医療情報が同意なく流通するということから,プライバシー権の侵害というかたちで損害賠償請求をされる可能性があるとの立場をとる考え方もあります。個人情報保護がそもそもプライバシー権(自己に関する情報をコントロールしうる権利)を基礎にして成立していることを考えると,上記の考え方のほうが素直であり,警察に回答する場合も,事前に本人の同意を得るかたちをとるほうが安全であると言えます。
本件では,個人が特定されておらず,質問のような捜査照会では受診していないという場合はもちろん,受診しているとの回答でも個人の同定ができないと考えられますから,回答したとしても個人情報を伝えたことにはなりません。問題は「した」と回答した場合,それは誰かという照会が続けてあった場合ですが,その場合は上記の通り,本人の同意を得てから,回答することが安全となります。本人が同意をしない場合,厚生労働省のガイドラインに従い本人の同意がないまま回答するか,損害賠償請求をされる危険性を考えて回答しないかは,各施設で判断することになります。
▼ 全日本病院協会個人情報保護担当委員会, 編:病院における個人情報保護Q&A. 第2版. じほう, 2015, p40.