【Q】
日本腎臓学会「CKD診療ガイド2012」は,CKD患者における貧血の治療目標をヘモグロビン(Hb)値10~12g/dLとしています。同学会「エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2013」にも,心血管イベントをかえって増加させるため,「ESA(erythropoiesis stimulating agent)によりHb>13g/dLを目標に治療することは推奨しない」と記載されています。
さらに,現在改訂中ですが,日本透析医学会による2008年版「慢性腎臓病患者における腎性貧血治療のガイドライン」においては,糖尿病性腎症例における具体的な治療目標の数値は記載されていません。
一方,糖尿病例を対象としたACCORD研究やTREAT研究においても,Hb値13g/dLを1つの目標とした高いHb値をめざすことの有用性を示す所見は乏しいことが示されています。
これらの点をふまえ,糖尿病性腎症例における貧血治療の目標値をどのように設定し,ESA製剤を投与するのがよいか,腎不全・腎性貧血治療に精通しておられる神戸大学・西 慎一先生のご意見を。
【質問者】
和田隆志:金沢大学大学院血液情報統御学教授
【A】
慢性腎臓病(chronic kidney disease:CKD)患者では腎性貧血が改善し,正常Hb値になるほどQOLが向上します。その点で,Hb値を正常化すること,つまりHb値13g/dLを超える貧血管理も推奨されます。しかし,透析患者あるいは保存期CKD患者を対象としたESA介入大規模ランダム化比較試験(randomized controlled tri-al:RCT)であるThe Normal-Hematocrit Study,CHOIR,CREATEなどの試験において,Hb値13g/dL前後をめざした高Hb値群で,Hb値10~12g/dL前後のコントロール群より総死亡あるいは心血管系疾患の出現頻度が有意に増加し,Hb値13g/dLを超える管理が危険であることが証明されました。
糖尿病保存期CKD患者のみを対象としたESA介入RCTとしては,ACCORDとTREATの2つの試験があります。
ACCORD試験では,Hb値13~15g/dLを目標とした高Hb値群と,Hb値10.5~11.5g/dLをめざしたコントロール群で比較をしています。一次アウトカムは左室重量係数(left ventricular mass index:LVMI)であり,二次アウトカムは,そのほかの心エコー所見,QOL,腎機能,合併症などが評価されています。その結果では,これらの心血管系アウトカムに有意差は認められませんでした。ただし,QOLに関しては高Hb値群に有意な改善が認められました。
また,2型糖尿病CKD患者のみを対象としたTREAT試験では,一次アウトカムは,心血管系疾患による総死亡,総死亡と腎死とを合わせた複合的事象でした。到達中央値Hb値が高Hb値群は12.5g/dL,コントロール群は10.6g/dLという状況の中で,一次アウトカムには両群に有意差はありませんでした。ただし,脳卒中のみに有意差がみられ,高Hb値群に高い発症率がみられました。
以上より,糖尿病CKD患者のみを対象としたRCTにおいても,13g/dL前後の高いHb値維持にメリットは証明されませんでした。
問題は,Hb値が13g/dL未満のどの範囲であれば,安全でかつ有効な貧血治療になるかという点です。多くのRCTではESA介入による低Hb値群はHb値10~12g/dL前後を目標としています。したがって,このような値では少なくとも安全性は担保されることになります。
現在,2012年に発表されたKDIGO(Kidney Disease:Improving Global Outcomes)の貧血ガイドラインでは保存期の糖尿病あるいは非糖尿病CKD患者において,ともに上限Hb値は11.5g/dLとしています。日本腎臓学会はHb値10~12g/dLとし,日本透析医学会はHb値11g/dL未満,13g/dLは超えないこととしています。ただし,心血管系疾患の既往あるいは合併のある症例では,日本透析医学会は12g/dLを超えないように警告しています(表1)。
私は,以上のようなガイドラインの内容を参考にした上で,無症候性冠動脈病変やラクナ病変が多い糖尿病CKD患者の場合には,たとえ心血管系合併症の既往がなくとも,ESA治療においてはHb値11g/dL前後で管理するようにしています。