骨盤位(逆子)は,以前は経腟分娩が普通であった。筆者が産婦人科医になるべく研鑽していた20数年前は,骨盤位牽出術で児頭の娩出をスムーズに行えることが,一人前の産婦人科医として認められるための技量のひとつであった。
ところが,現在多くの施設で正期産単胎骨盤位は選択的帝王切開による分娩が行われており,産婦人科研修を行っている若い医師の多くは,骨盤位の経腟分娩を見たこともない。これは骨盤位を経腟分娩と選択的帝王切開で割り付けたランダム化比較試験の結果,選択的帝王切開で出生した児の周産期予後が良いとの2000年のLancet誌の報告が引き金となっている。01年には米国産婦人科学会(ACOG)が「正期産単胎骨盤位は選択的帝王切開が望ましい」と推奨した。その後,症例の割り付けにバイアスがあるなど,この論文に対する否定的な意見が多くなり,ACOGも06年には修正した。
わが国でいつから経腟分娩が減少したのかは定かではないが,08年に発刊された『産婦人科診療ガイドライン─産科編』に「骨盤位の取り扱いは?」とのCQがつくられ,そのAnswerに「~経腟分娩も選択できる」と書かれている。決して経腟分娩を否定する推奨ではないものの,各施設・医師の技術に任されていた分娩様式の決定が,ガイドラインに基準が記載されたことにより,帝王切開分娩が加速した可能性も否定できない。
1度遮られた技術は指導者の減少をまねき,若い産婦人科医師が安心して研修できる環境を減らし,容易にその技術は回復しない。