【Q】
虚血性心疾患に対するステント留置後や心房細動例など,循環器疾患患者には非常に多くの症例に対し抗血栓療法が行われています。抗血栓薬の効果は絶大ですが,消化管や頭蓋内への出血性合併症があり,場合によっては致死的になることもあります。
経皮的な冠血行再建術を行う患者に対する抗血栓薬の注意点や出血を予防するポイントについて,熊本大学・掃本誠治先生にご解説をお願いします。
【質問者】
石井秀樹:名古屋大学循環器内科講師
【A】
抗血栓作用が強くなれば出血リスクが増加するジレンマがあり,また,単剤より2剤,2剤より3剤で出血リスクが高まります。
臨床的に3剤の抗血栓薬を使用するのは,心房細動や機械弁置換術の既往患者におけるステント留置後です。ステントも最近は第二世代,第三世代の薬剤溶出性ステント(drug eluting stent:DES)が主流となり,早期に抗血小板薬を単剤にする方向にありますが,2014年の米国心臓病学会(American Heart Association:AHA)で抗血小板薬2剤併用療法(dual antiplatelet therapy:DA
PT)studyにてDES後の抗血小板薬の長期有用性が報告され(N Engl J Medに同時掲載),DAPT期間短縮へ向かう流れに一石を投じました。このグループは2015年にAHAでDAPT scoreを発表し,DAPT期間について検討しています。
日常診療において当科の診療で留意していることは,以下の通りです。
(1)安定狭心症では虚血の証明を行い,適応を厳格にして安易なステント留置を避けています。
(2)HAS-BLED(Hypertension, Abnormal renal and liver function, Stroke, Bleeding, Labile INRs, Elderly, Drugs or alcohol)スコア(文献1)(抗凝固療法を行う心房細動患者における出血事象の発現リスクを評価したもの)によって出血に対する意識を高め,高血圧,time in therapeutic range(TTR)など,介入できる因子に対しては積極的に介入しています。
(3)用量調節では,たとえばDAPT+ワルファリンではプロトロンビン時間(prothrombin time-international normalized ratio:PT-INR)を低めにコントロールしています。
(4)上部消化管障害に対してはACCF/ACG/AHA 2010のExpert Consensus Documentに従い,消化管潰瘍の既往,抗血栓薬3剤(2剤併用抗血小板療法と抗凝固薬),抗血栓薬2剤(たとえばアスピリンと抗凝固薬)にステロイド,非ステロイド性抗炎症薬(non-steroidal anti-inflammatory drugs:NSAIDs),消化器症状などのある場合,あるいは急性冠症候群(acute coronary syndrome:ACS)急性期は,プロトンポンプ阻害薬(proton pump inhibitor:PPI)を併用するようにしています。
(5)下部消化管対策としては,当科では全例で入院時に便潜血を2回測定しており,状態が許せば,消化管の精査を行ってから(大腸内視鏡など),ステント留置を施行しています。ST上昇型心筋梗塞(ST-segment elevation myocardial infarction:STEMI)では,primary PCI(percutaneous coronary intervention)後の安定した入院中に施行しています。
(6)致死的出血となりうる脳出血に関しては,抗血栓薬3剤併用が予定される患者においては頭部MRIを施行し,無症候性のいわゆるsmall vessel disease(microbleeds,lacunar infarction)を評価しています。脳卒中の既往があって前回検査から期間があいていれば頭部MRIを施行していますし,厳格に血圧コントロールを行うようにしています。
(7)WOEST(What is the Optimal Antiplatelet and Anticoagulant Therapy in Patients with Oral Anticoagulation and Coronary Stenting)試験が反映された欧州心臓病学会(European Society of Cardiology:ESC)の2014年のガイドラインでは,CHADS2-VAScスコアとHAS-BLEDスコア,ACSかどうかで3剤の投与期間が決められ,また出血リスク高値であればアスピリンを除いて,抗凝固薬1剤とクロピドグレルの2剤を推奨しています。これらは,ステント留置から初期か,安定慢性期かで組み合わせが変わってきます。
また,非ビタミンK阻害経口抗凝固薬(non-vitamin K antagonist oral anticoagulants:NOA
Cs)と抗血小板薬との組み合わせの大規模臨床試験が進行していますので,それらの結果が待たれます。
1) The Task Force for the Management of Atrial Fibrillation of the European Society of Cardi-ology(ESC):Euro Heart J. 2010;31(19):2369-429.