【質問者】
東出朋巳:金沢大学附属病院眼科病院臨床教授
まず,抗癌剤関連涙道閉塞について述べます。2015年にノーベル物理学賞を受賞された梶田隆章先生の兄弟子である戸塚洋二先生(2009年逝去)も存命であれば受賞されたに違いありません。
上述の戸塚先生は,大腸癌に対する経口抗癌剤であるテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合カプセル剤・顆粒剤(ティーエスワンⓇ)の副作用による涙目に悩まれていたそうです1)。ティーエスワンⓇはフルオロウラシル(5-FUⓇ)のアナログ製剤で,胃癌,大腸癌や膵癌に広く用いられ,その副作用は5-FUⓇに共通するものがほとんどですが,作用の強力さなどから従来注目されなかった眼の副作用が増加しました。
眼の副作用は角膜上皮障害と流涙(涙目)です。角膜上皮障害による視力障害や眼痛は投薬中止によって治癒します。流涙は涙道通過障害(涙が鼻に抜ける排水路が詰まること)によって生じ,ティーエスワンⓇを中止しても不可逆性であり,腫瘍科医による診断が難しいという問題点があります。
発症率は約10%で,投与後3±2カ月に涙小管系の閉塞として発症します。初期段階での治療法は涙道へのチューブ留置術です。さらに進行すると涙小管全体が癒着し涙道再建が困難となるので,骨窓を作成し結膜嚢から鼻腔まで特殊なガラス管(ジョーンズチューブ)を留置する手術を行います(図1・2)。近年は顔に傷をつくらない鼻からの手術が可能になっていますが,早期発見・早期治療が良いことは言うまでもありません。
内眼手術後感染予防目的の涙道手術については,線維柱帯切開術(トラベクロトミー)のほかに,全層角膜移植などの眼球のバリア機能が極端に低下する内眼手術前に鼻涙管閉塞による涙嚢炎があれば,事前の涙嚢鼻腔吻合術が強く推奨されます。近年はより整容的な,鼻内から内視鏡下に行う涙嚢鼻腔吻合術鼻内法が主流になりつつあります。涙小管炎ならば菌石の掻爬除去を行います。内眼手術が可能となる時期については,術後約3カ月で結膜嚢細菌叢が正常化するとの報告があります。
【文献】
1) 戸塚洋二:文藝春秋. 2008年9月特別号, p136-50.
【回答者】
佐々木次壽 日本涙道・涙液学会理事/佐々木眼科院長