1996年に国内初の遺伝子診療部を信州大に設立し、日本の遺伝子診療を牽引してきた福嶋義光氏に遺伝学的検査における生命倫理の課題を聞いた。
遺伝学的検査を医療に応用するときには、「ACCE」という評価基準の確認が必要です。
Aは分析的妥当性(Analytic Validity)、Cは臨床的妥当性(Clinical Validity)と臨床的有用性(Clinical Utility)。そしてEは倫理的・法的・社会的側面の課題(Ethical, Legal and Social Implications)の検討です(表1)。
分析的妥当性については主に検査精度が問題になりますが、もう1つ重要なのは、検査結果を解釈する能力です。ゲノム解析は検査結果の多くが確率情報で、白か黒かではなくグレー。日本では検査キットなどの「モノ」の認証しかしていませんが、今後は「人」の認証も必要だと思います。
臨床的妥当性は基礎データがとても重要で、データ登録と長期のフォローアップが必要になります。
遺伝学的検査と生命倫理を考える上で一番良い事例が、米国人女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが、がん抑制遺伝子「BRCA1」に変異があり、遺伝性乳がん・卵巣がん症候群との診断を受け、がんを予防するために乳房と卵巣・卵管を切除した先制医療の例です。
この例をACCEに基づき検討すると、分析的妥当性については、米国のCLIA(Clinical Laboratory Improvement Amendments)という認証を受けた検査会社が実施しているので条件を満たしています。臨床的妥当性と臨床的有用性についてもBRCA1変異陽性者に関する膨大なデータが揃っており、予防的に乳房や卵巣・卵管を切除した場合に死亡率が低くなるエビデンスが確立しているので問題ない。
倫理的・法的・社会的側面の課題は、本人の年齢や考え方、抱えている問題、社会情勢などによって変わります。今後出産を希望しているのか、乳房を切除する喪失感がどれほどか、切除しなくてもがんにならない人がいることをどう考えるか。遺伝差別がある社会であれば、遺伝学的検査を受けたことがデメリットになるかもしれない。さらに、遺伝情報は血縁者で一部共有され、生涯変わらず、将来の疾患の可能性が分かるという特色があります。
遺伝学的検査は検討事項が多数かつ複雑で、医療側から「こうすべき」と言えるものではない。ですから、アンジェリーナ・ジョリーさんも「私の決断を正しいとは思わないでください。与えられた選択肢の中で最も自分にふさわしいものを選んでください」というメッセージを出しています。
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