男性不妊患者は,その背景に慢性疾患を抱えていることが多く,精液検査所見と死亡リスクの関連を示唆する報告が散見される
糖尿病は,最終糖化産物の蓄積により勃起不全(ED)や射精障害といった性機能障害を引き起こし,男性不妊の原因となる。また,酸化ストレスの増加が精子DNA損傷など精子の質の低下をもたらすことも不妊の要因となる
炎症性腸疾患は生殖年齢に好発し,治療薬として使われるサラゾスルファピリジンは可逆性の造精機能障害を引き起こすため,挙児希望の男性への使用はできる限り避ける
潰瘍性大腸炎(UC)に対する大腸全摘+回腸囊肛門(管)吻合術は,術後にEDや射精障害といった性機能障害を引き起こす可能性があるため,術前に精子凍結保存を考慮する必要がある
男性不妊患者では,精巣腫瘍をはじめとする癌の発症リスクが高い
男性不妊診療では,患者に潜在するかもしれない慢性疾患を念頭に置く。患者が既に疾患を抱えている場合は,他科との連携による適切なマネジメントが必要であるとともに,未病状態の患者への総合的な疾病予防の提供も重要である
男性不妊診療では,患者が何らかの疾患に罹患しているケースをしばしば認める。精液所見異常を示す男性不妊患者では,精巣腫瘍が発生しやすいことは以前からよく知られているが1),近年の研究によって,精巣腫瘍以外にも慢性疾患を併存しやすいことが示唆されている。
Saloniaら2)は,男性不妊患者と挙児のあるコントロール群の併存疾患についてチャールソン併存疾患指数(charlson comorbidity index:CCI)を用いて評価したところ,男性不妊患者ではCCIスコアが有意に高いことを報告した(表1)。CCIは,1987年にCharlsonら3)によって提唱された慢性疾患に関連する19の状態についてスコア化し評価したもので,点数が高いほど重度の併存疾患を持っており,予後不良とされる指標である。
Jensenら4)は,無精子症を除く4万人以上の精液所見と生命予後について解析した結果,精子濃度は,4000万/mLまでであれば上昇するほど死亡リスクは減少するが,精子濃度が4000万/mLを超えた場合,そこからさらに死亡リスクが減少する可能性はないこと,そして精子運動率および正常精子形態率が高いほど死亡リスクは減少することを報告した。
Eisenbergら5)が行った同様の調査では,精液量,精子濃度,精子運動率,総精子数,総運動精子数が低値であれば死亡リスクは高く,精液検査で2項目以上の異常所見を認めた男性は,精液検査所見が正常な男性と比較して死亡リスクが2.3倍となることが報告されている。つまり,これらの研究結果は,精液所見が良好であるほうが死亡リスクは低いということを意味しており,精液所見はメンズヘルスの指標のひとつであるととらえることができる。
このような観点から考察すると,現代の男性不妊診療においては,不妊治療の提供だけでなく,患者に潜在するかもしれない全身慢性疾患をも念頭に置いて診療することが必要であると考えられる。既に患者が疾患を抱えている場合は,他科と連携し病状をコントロールすること,患者に既往疾患がない場合でも,病院受診の機会を得た未病状態の患者に総合的な疾病予防を提供することが求められる時代になっているのではないだろうか。以上をふまえ,本稿では,男性不妊患者に併存しやすい疾患として,糖尿病,炎症性腸疾患,癌を取り上げ,概説する。
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