2014年は去勢抵抗性前立腺癌(castration resistant prostatic cancer:CRPC)では男性ホルモン受容体に対する結合阻害薬エンザルタミド(イクスタンジⓇ),副腎および前立腺癌細胞内での男性ホルモン合成酵素の阻害薬であるアビラテロン(ザイティガⓇ),ドセタキセルの誘導体で微小管脱重合阻害薬カバジタキセル(ジェブタナⓇ)などの新薬が一挙に認可された。これらが発売されて,全身倦怠感や白血球減少などの副作用はあるものの,予測された効果を挙げつつある。前2剤は,PSA値の上昇から去勢抵抗性前立腺癌と診断した段階で即座に投与可能となった。これによりドセタキセル,カバジタキセルなど白血球減少などが必発の副作用の強い抗癌剤投与までの期間の延長が望めるようになった〔これらの概略は2014年の本稿(4684号68ページ)を参照〕。
尿路上皮癌(膀胱癌)の国内での発症数は約2万人,米国では約5万人とされ,泌尿器科領域では前立腺癌についで2番目の発症数である。残念ながら,この30年間なかなか画期的な診断法や治療法が開発されていない。進行膀胱癌では1980年代にM-VAC療法,2000年代にGC(gemcitabine-cisplatine)療法などの抗癌剤併用療法が開発された。また,筋層非浸潤膀胱癌では免疫学的な療法としてBCG膀胱内注入などが使用されるようになった。進行膀胱癌に対する有効な分子標的薬は存在せず,1960年代から診断では通常の膀胱内視鏡検査や経尿道的膀胱腫瘍切除術による生検などが行われている。いまだ,特異度は高いが感度の低い尿細胞診が診断の主体であり,実質的に使用できる高感度の血中・尿中腫瘍マーカーは存在しない。治療法は筋層非浸潤膀胱癌で内視鏡的な切除(TUR-BT),進行膀胱癌では膀胱全摘出術と上記の抗癌剤治療が主体である。
これらについて最近,臨床治験や先進医療として臨床研究が行われつつあるものについて述べる。
膀胱癌のがんワクチン療法は中村祐輔(元東京大学医科学研究所ヒトゲノムセンター教授)らの臨床研究の結果で有効性が見出され,臨床治験まで至ったもので,中村らと塩野義製薬のグループで治験として開発されたものである。初回の臨床治験では,膀胱癌で優位に発現が増加している2種類のがんペプチドワクチンを使用して行われた。病勢コントロール率やCTLの誘導では有意な結果を得たが,残念ながら有効な生存期間の延長は認められず,対症症例の選択基準を変更し使用することとなった。現在は2回目の臨床治験が行われている。その詳細は,下記のようなものである。
がんペプチドワクチンの作用機序は,①投与された腫瘍抗原由来のエピトープペプチドが抗原提示細胞である樹状細胞に取り込まれる,②取り込まれた樹状細胞の表面でエピトープペプチドと主要組織適合遺伝子複合体(major histocompatibility complex:MHC)クラスⅠ分子の複合体が形成される,③その腫瘍抗原に特異的なCTLが誘導され,増殖・活性化される,④誘導されたCTLが同じペプチドを抗原が提示されている細胞に対して細胞傷害活性を示す,というものである。
同グループでは,microarray解析などで膀胱癌に高発現するDEPDC1およびMPHOSPH1という癌特異的に高発現している蛋白由来の2種類のペプチドワクチン(S-288310)を用いて,標準治療不応の切除不能な進行・再発膀胱癌患者(HLA-A*24:02保有者38例)を対象とした第Ⅰ/Ⅱ相試験を日本で実施してきた1)。どの膀胱癌患者も既存の化学療法治療法では効果が見込まれない者で,第Ⅱ相試験部分におけるCTL誘導率は88.9%, Wolchok JDらによって報告された評価基準であるimmune-related response criteria(irRC)では32例中2例のPartial Responseを示した症例が認められ,奏効率は6.3%,病勢コントロール率は56.3%と報告されている。また,これまでIMA-901などで報告されているように,本試験においても複数のペプチドに対してCTL誘導が認められた患者において,明らかな生存期間の延長が確認されている。これは,複数のペプチドによってCTLを誘導したほうが,抗原発現の多様性を示す癌細胞を効率的に攻撃できるからと推測されている。
現在,S-288310の2種類のペプチドに膀胱癌で高発現している3種類のペプチドをさらに加えた新たなペプチドワクチン(S-588410)として,進行または再発した膀胱癌患者を対象に日本・欧州で第Ⅱ相試験を実施中である。将来は,膀胱癌患者への治療の選択肢が増えることが期待されている。
久留米大学の先端癌治療センターの野口正典,伊藤恭吾らのグループの臨床研究では,すでに脳腫瘍,大腸,胃,肺,膵臓,子宮,前立腺の各癌腫でがんペプチドワクチンによる進行癌の治療を行っている。膀胱癌についても同様の治療を第Ⅰ相試験として行っている。彼らはserological identification of antigens by recombinant expression cloning(SEREX)法であらかじめ各種の癌腫から免疫応答リンパ球細胞を抽出し,それらの細胞が発現している癌抗原をテーラーメイドワクチンの候補として採取している。それらよりHLAA24,A2に適合するペプチドワクチンのプールとして多数を保持している。
今回の対象は進行膀胱癌患者で標準的な上記の一般的な化学療法レジメンであるM-VAC(methotrexate:MTX, vinblastine:VLB, doxorubicin:ADM, cisplatin:CDDP)療法に不応性の者で,performance status 0または1の10名である。LUMIX法という担癌患者のIgGの反応性でプールした癌抗原と同一のものを同定して,10人の患者に抗原特異的なワクチン4~5種類を選択してペプチドがんワクチン療法を1~2週間に1回で約12週間行った。その結果は,完全奏効(complete response:CR)1,部分奏効(partial response:PR)1,安定(stable disease:SD)2,進行(progressive disease:PD)6,であった。現在,同様の方法をHLAのタイプもA24,A2以外にも拡大して第Ⅱ相としてbest supportive care群をコントロールとして進行中であり,これらは生存率の改善に寄与することが期待されている2)3)。
【文献】
1) Obara W, et al:Jpn J Clin Oncol. 2012;42(7): 591-600.
2) Matsumoto K, Noguchi M, Satoh T, Tabata K, Fujita T, Iwamura M, Yamada A, Komatsu N,et al:BJU Int. 2011;108(6):831-8.
3) Noguchi M, et al:Cancer Immunol Immunother. 2013;62(5):919-29.
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