呼吸を介して肺に沈着した粒子状物質は,炎症,自律神経,血管内への直接の移行,の3つの経路により循環器疾患の発症や増悪をきたす
疫学研究では,粒子状物質の短期曝露(日単位),長期曝露(月~年単位)により様々な循環器系への影響が起こることが示されている
黄砂粒子への曝露により脳卒中や心筋梗塞の発症リスクが増加する可能性がある
日本国内では大気汚染物質のうち,二酸化硫黄(sulfur dioxide:SO2),一酸化炭素(carbon monoxide:CO),二酸化窒素(nitrogen dioxide:NO2),光化学オキシダント,浮遊粒子状物質(suspended particulate matter:SPM),微小粒子状物質(fine particulate matter:PM2.5)について大気環境基準が定められている。1970年代に環境基準が設定されたガス状汚染物質や浮遊粒子状物質の濃度は大きく減少した。一方,粒径が2.5μm以下のPM2.5 は粗大粒子よりも肺の奥深くに沈着することからその健康影響が懸念され,2009年9月に環境基準が設定された。このときの微小粒子状物質環境基準専門委員会報告において,PM2.5の健康影響に関する国内外の疫学的知見がまとめられた1)。この報告書では,欧米を中心に循環器疾患に対する影響の知見が紹介されたが,日本国内での疫学知見はほとんどなく,最近ようやく認識されはじめている状況ではないかと思われる。本稿では粒子状物質(particulate matter:PM)の影響を中心にまとめる。
動物への曝露実験や毒性学的研究により,呼吸により肺に吸入されたPMから循環器疾患の発症や既存の循環器疾患の増悪に至るまでには以下の3つの経路が考えられている(図1)2)。
①肺組織での酸化ストレスと炎症を介する経路
②肺の知覚神経終末や受容体を介する経路
③PMやその成分が直接血管内へ移行する経路
PMへの曝露により,肺胞洗浄液や血液中の炎症性サイトカインが増加することが報告されている。肺局所で放出された炎症誘発物質(サイトカインなど)や生理活性物質が全身循環に広がり,血管系や凝固系へ影響を及ぼす可能性がある。これまでの多くの動物実験より,IL-6, IL-1β, TNF-α, インターフェロン-γ, IL-8が肺胞洗浄液や末梢血から検出されており,PM曝露による肺の炎症の程度が,全身のサイトカインレベルや血管の機能不全と相関することも観察されている。このような炎症を介して,動脈硬化の進展やプラークの脆弱化をきたし,最終的には循環器疾患の発症に関わると考えられている。
一方,ラットへのPM曝露により心拍変動の減少がみられ,ヒトへの曝露実験でも同様の変化が観察された。これはPM曝露による急性の反応であり,自律神経のアンバランスを介して不整脈を起こしやすくし,血管収縮や内皮機能不全をきたすと考えられている。
粒径が0.1μmよりも小さい超微小粒子や特定の粒子成分が直接肺胞から血液中に移行して,動脈硬化の進展,プラークの脆弱化,血栓形成を介して循環器疾患発症に寄与する経路も示唆されているが,そうでないとする報告もある。
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