現在,慢性腎臓病(chronic kidney disease;CKD)の治療はかなりの部分をレニン・アンジオテンシン(renin angiotensin system;RAS)阻害薬に依存している。最近では成功していない研究も多く,一部は副作用によって中止となったことは臨床研究のハードルの高さを改めて示すとともに,腎臓領域での創薬に対する失望感も誘った。これをふまえ,創薬のための新たな提言がなされている。また,米国食品医薬品局(Food and Drug Administration;FDA)はCKD関連の臨床研究のエンドポイントの設定について,より迅速に研究が終結するよう再設定する動きに出ている。
一方で,patient-focused drug development,あるいは患者報告アウトカム(patient-reported outcome;PRO)が臨床研究の評価指標として本格的に取り入れられる時代が来ている。腎臓領域でもネフローゼ症候群(nephrotic syndrome),多発性嚢胞腎(polycystic kidney disease),腎性貧血の分野でPROの検討がなされている。新薬開発が不調に終わっている状況を患者に焦点を当てることで切り拓くことが期待される。
病態,予後,リスクなどを予見できるバイオマーカーの開発においては,引き続き腎臓病学の大きな課題となっている。最近では,メタボローム解析やmicroRNAをマーカーに利用しようとする研究が進められている。特に尿を用いた研究が進展しており,既報のバイオマーカーも含めてパネル解析を行うことにより将来有用性のある予知マーカーとなりうる可能性がある。
わが国においては,日本腎臓学会と厚生労働省難病克服事業進行性腎障害に関する調査研究班が連携して作成している,エビデンスに基づいた診療ガイドライン(2013年:CKD,2014年:IgA腎症,急速進行性糸球体腎炎,ネフローゼ症候群,多発性嚢胞腎)が相次いで発行ないし発行予定であり,国際ガイドラインとの比較検討も始まった。
また,近年ドラッグラグの解消に向けて国を挙げての取り組みが進んでいるが,2013年9月にエクリズマブにおいて非典型溶血性尿毒症症候群(atypical hemolytic uremic syndrome;aHUS)に対する適応が追加された。11年に欧米で適応承認されてから2年遅れてのことである。最近発表された臨床研究では効果が顕著に見られ,first in classの薬剤として注目されている。
腎臓領域でも体性幹細胞の臨床研究が始まっている。骨髄由来同種間葉系幹細胞(allogeneic bone marrow-derived mesenchymal stem cells)を用いたヒトでの急性腎障害(acute kidney injury;AKI)の予防研究では,有害事象は観察されず有意な予防効果が確認されている。
また,iPS細胞(inducible pluripotent stem cell)は,2006年の山中伸弥京都大学教授による作成以来多くの分野で研究が進められてきたが,腎臓分野においても重要な報告があった。それは,iPS細胞からの新しい腎臓組織作成法の開発報告であり,直ちにヒトの腎再生に直結するわけではないが,iPS細胞の臨床応用に向け一歩前進したと考えられる。
最も注目されるTOPICとその臨床的意義
TOPIC 1/腎臓領域の創薬に関する臨床研究の停滞と 新たな対策
腎臓領域においては画期的な新薬開発が遅れている。しかし,新規薬剤の開発,特に臨床試験を円滑に進めるための新たな取り組みが始まっている。
この1年間の主なTOPICS
1 腎臓領域の創薬に関する臨床研究の停滞と 新たな対策
2 腎臓分野でのバイオマーカーの開発
3 「エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン」の発行
4 aHUSに対するエクリズマブの適応追加
5 幹細胞治療やiPS細胞研究の進展
現在,腎線維化の遅延や腎機能保持のための治療は,かなりの部分をRAS阻害薬に依存している。
しかし,腎線維化に対する新たな治療薬として期待されたbardoxolone methylの臨床試験が有害事象(心血管イベントがプラセボ群より有意に高頻度で発生)によって中止となったこと1)が大きな話題を集め,臨床試験のハードルの高さを実感させるとともに腎臓領域での創薬に対する失望感も誘った。 最近の臨床試験が成功しなかった原因の1つが有害事象の出現であり,これをふまえて創薬のための新たな提言がなされている。すなわち,有害事象を最低限にとどめるための様々なモニタリングを実施することは,トータルとして薬剤の有用性を高める結果になるということである2)。
また,FDAはCKD関連の臨床試験のendpointの設定について,これまでのhard endpoint(死亡,透析導入,クレアチニンの2倍化)では臨床試験の期間としてかなり長期を要することから,早期のCKD患者の目標指標としてふさわしいかどうかが議論されている(National Kidney Foundation://www.kidney.org/professionals/research/research_info.cfm)。一方で,2012年7月に制定された法律,FDASIA(Food and Drug Administration Safety and Innovation Act)により患者報告アウトカム(PRO)が臨床試験の評価指標として本格的に取り入れられる時代が来ている3)。
◉文 献
1) de Zeeuw D, et al:N Engl J Med. 2013;369 (26):2492-503.
2) Lambers Heerspink HJ, et al:Br J Clin Pharmacol. 2013;76(4):536-50.
3) Perrone RD, et al:Am J Kidney Dis. 2013; 62(6):1046-57.
近年,急性腎障害(AKI)以外にも,様々な病態におけるバイオマーカーの開発研究が世界中で進められている。古典的なバイオマーカーとして,クレアチニン,尿蛋白などが代表である。
新規バイオマーカーとして多くの物質が候補に挙がっており,既に保険収載されたものもある。Shlipakら1)によれば,CKDのバイオマーカーは4つのカテゴリーに分類される。すなわち,①CKD発症のリスク因子であって基本的には改善可能なもの(炎症やRASの活性化など),あるいは変更が不可能なもの(性別,年齢,人種,遺伝素因,出生時体重など),②腎臓の障害の程度や部位(あるいは腎臓全体)を示すもの(尿蛋白やアルブミンがこれに当たる),③腎機能の低下を示すもの(クレアチニンやシスタチンCがその代表となる),④上記に加え,治療への反応性を評価するもの,である。
最近では,メタボローム解析やmicroRNAの解析を網羅的に行い,疾病の種類や進行ステージとの関連を解析する研究が行われている。高速液体クロマトグラフィー(high performance liquid chromatography;HPLC)と質量分析(mass spectrometry;MS)で尿の成分分析を行った研究では,CKD患者からnon-CKD対照とは異なる7つの成分が検出された。これらをパネルとすることによりCKDの同定や経過のモニターとして利用できる可能性がある2)。
また,無治療の1型糖尿病で腎症のある患者を対象にして尿を分析した研究では,27種類のmicroRNAが進行度によって量が異なることが分かり,今後の研究次第で,CKDの早期診断やリスクの層別化などに利用できる可能性もあるということである3)。
今後,新規バイオマーカーに求められる特質としては,予知マーカーとしての正確性,確実性であり,CKDの発症,進展,合併症の発生,治療への反応性,予後などを個人レベルで予知できる機能が求められる。正確な予知には様々なバイオマーカーを組み合わせたパネルが必要であると推察される。これらを検証していくには膨大な臨床研究が必要であり,簡便性や経済性も必要である。実臨床や創薬研究でも,簡便なバイオマーカーの開発と確立は必須であり迅速な研究開発が期待される。
◉文 献
1) Shlipak MG, et al:Nat Rev Nephrol. 2013; 9(8):478-83.
2) Posada-Ayala M, et al:Kidney Int. 2013; 85(1):103-11.
3) Argyropoulos C, et al:PLos One.2013;8(1): e54662.
診療ガイドラインに関しては,先行して2012年に「CKD診療ガイド2012」が公表された。13年には国際機関であるKDIGO(Kidney Disease Improving Global Outcomes)が発行した最新のガイドライン1)も参考にして,徹底的に文献検索を行い,世界標準にのっとりMinds(Medical Information Distribution Network Service)の推奨する方法で作成し公表したのが,「エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2013」2)である。
新しいガイドラインの特徴は,重症度分類を全面的に改訂したほか,小児,高齢者の記述を大幅に増やしたことである。小児における腎機能GFR推算は,国際的に用いられているSchwartz式であるが,日本人小児にイヌリンクリアランスを実施して係数を0.35と決定したことは,ガイドライン改訂の特徴の1つである(米国の小児の係数は0.413)。さらに,血清クレアチニンの基準値は年齢とともに変化するが,身長との関連が強いことから日本人小児に適合した血清クレアチニン値(酵素法)基準値が初めて明記された。これら一連の基準公表により,日常診療における小児CKDの客観的評価を広く行うことが期待できる。
高齢者CKDに関する日本人のエビデンスはきわめて少なく,国際的にも高齢者CKDに特化したガイドラインは存在しない。高齢者CKDにおいて新しいガイドラインで示された項目は以下の通りである。すなわち,①顕微鏡的血尿を伴う場合,尿路系悪性腫瘍のスクリーニングを早い段階から行う,②高齢者CKDにワクチン接種(肺炎球菌・インフルエンザ)を推奨する,③降圧療法の際には緩徐な降圧を推奨する,④糖尿病を合併した高齢者CKD患者の血糖管理目標を設定する,などである。高齢者においては個々の状況が大きく異なるため,詳細な病状観察に基づき,最適な治療を提供する必要がある。
◉文 献
1) Andrassy KM:Kidney Int. 2013;84(3):622-3.
2) 木村健二郎, 他:日腎会誌. 2013;55(5):585-860.
HUSは,溶血性貧血,血小板減少,腎障害を伴う重篤な疾患であるが,多くは下痢を伴う感染症による。しかし,下痢を伴わない非典型溶血性尿毒症症候群(aHUS)は,血栓性微小血管症(thrombotic microangiopathy;TMA)による腎不全を高率に発症し,生命予後もきわめて悪い。近年では,その原因として補体の遺伝子異常が注目されている。特に補体活性を制御する機能を持つH因子の異常があるとする報告が多い。
一方,発作性夜間血色素尿症(paroxysmal nocturnal hemoglobinuria;PNH)は,赤血球膜上の補体制御因子が欠損する赤血球クローンが増殖して補体による溶血を反復する難病であるが,これに対する分子標的治療薬として開発されたのがエクリズマブである。エクリズマブは,補体成分C5を標的としたヒト型単クローン性抗体で,C5の開裂を阻止して膜侵襲複合体の形成を防ぎ,結果的には細胞破壊を阻止する作用を持つ。
2013年9月には,エクリズマブにおいて重篤かつ希少性疾患であるaHUSに対する適応が,わが国で追加された。aHUSとしてはfirst in classの薬剤の認可ということになる。わが国におけるまとまった報告はいまだないが,最近エクリズマブの臨床研究結果が発表された1)2)。論文では,37例のaHUS患者における劇的な血小板の増加やTMAの発現予防効果が報告された。血小板減少と腎障害を両方持つ群を対象としてエクリズマブを投与した試験(トライアル1,17名,平均投与期間64週),および腎障害のみを持つ群を対象とした試験(トライアル2,20名,平均投与期間62週)が施行され,結果として前者では有意な血小板の増加,5名の透析患者のうち4名の透析離脱が,後者では80%にTMAイベントフリーが見られ,早期からの投与で腎機能の改善も見られたと報告している1)。
12のデータベースを検討した別の報告では,ベースラインの状態に比べて2年間のフォローアップで,84%の患者でTMAイベントフリーが達成されており,有害事象の発生はしばしば報告されているものの致命的あるいは重篤ではなく,臨床的に有用であると結論づけられている。今後の課題として,前述したPROを用いた評価が望まれるとしている2)。
◉文 献
1) Legendre CM, et al:N Engl J Med. 2013; 368(23):2169-81.
2) Rathbone J, et al:BMJ Open. 2013;3(11): e003573.
これまで,間葉系幹細胞の腎障害モデル動物における有用性は数多く報告されてきた。これらの知見をもとに,ヒトを対象とした臨床研究が始まっている。骨髄由来同種間葉系幹細胞を用いた第I相臨床試験が,オンポンプで心臓手術を受けた16名の患者を対象に行われた。これらの患者は,AKIのハイリスク患者であり,有害事象は見られなかったが,注目すべきは投与された16名のうち2名(12.5%)にAKIが発生し,同施設における従来のAKI発生率〔64名中19名(29.7%),幹細胞を用いない従来の治療成績〕と比べ有意に少なかったばかりでなく,在院日数も短縮できたということである1)。これを受けて,現在では第Ⅱ相臨床試験が進行中である(http://www.allocure.com/news/12_0907_allocurepr.php)。
幹細胞治療の有用性は多くの動物実験で報告されているが,そのメカニズムについてはいまだ不明点が多い。投与された幹細胞の腎局所への局在が乏しいことから,幹細胞が産生する可溶性因子,幹細胞の持つ免疫変調作用や放出されるmRNA,microRNAなども可能性として注目され,最新の情報も含めた優れた総説が発表されている2)。
iPS細胞を用いた研究では注目すべき成果が報告されている。Usuiら3)は,胚盤胞(blastocyst)を用いて,iPS細胞から腎臓そのものを作成する方法を発表した。すなわち,腎形成に必須の遺伝子であるsall1ノックアウトマウスの胚盤胞に,正常なiPS細胞またはES細胞を移植し,iPS由来の腎臓を作成したというものである。ただし,sall1の影響を受けない集合管や微小血管はホストの組織であったとしている。この研究はiPS細胞から腎臓という個別の臓器を作成したという意味では重要な業績であると言える。
◉文 献
1) Tögel FE, et al:Am J Kidney Dis.2012;60 (6):1012-22.
2) Rabelink TJ, et al:Nat Rev Nephrol. 2013;9 (12):747-53.
3) Usui J, et al:Am J Pathol. 2013;180(6): 2417-26.