高血圧における漢方治療は,漢方医学的病態(証)ごとに診断を行い,証に合わせた漢方薬を選択する必要がある
高血圧の随伴症状であるのぼせ,顔面紅潮に対しては,黄連解毒湯が有用である
実証に対する大柴胡湯は降圧傾向を示し,虚証に対する釣藤散は降圧効果とともに耳鳴りを改善する可能性がある
七物降下湯は降圧効果ばかりでなく,高血圧の随伴症状も改善する報告がある
柴胡加竜骨牡蛎湯は心拍数の減少および降圧傾向を示し,動悸を改善させる可能性がある
臓器障害を伴わないような軽症高血圧や随伴症状が強い高血圧,あるいは精神的・身体的ストレスが関与するとされる白衣高血圧や仮面高血圧などは,漢方治療の良い適応となる可能性がある
高血圧は約4300万人の有病者数が推定される疾患であり,今後もさらに増加することが予想されている。高血圧は脳梗塞,脳出血,くも膜下出血などの脳血管疾患,冠動脈疾患,心不全などの心疾患,慢性腎臓病,大動脈解離などの大血管疾患の強力な原因疾患である。したがって高血圧治療は,血圧を適切に管理することにより高血圧合併症の発症予防,進展防止を図ることが目的となる。治療を必要とする高血圧は,診察室血圧140/90 mmHg以上,家庭血圧135/85mmHg以上である。心筋梗塞後患者,脳血管障害患者,高齢者,慢性腎臓病患者では,降圧目標をわけてそれぞれの目標値を設定している1)。
また,高血圧患者はめまい,頭痛,耳鳴り,のぼせ,肩こりなどの高血圧による随伴症状により,生活の質(QOL)が低下している場合がある。そのような高血圧患者が充実した生活を送れるように支援することも,高血圧治療の目的のひとつであると考えられる。
本稿では,漢方薬による高血圧治療に対する報告を紹介する。漢方治療においては,漢方医学的病態である「証」によって選択される漢方薬が変わるため,高血圧に対して一様に同じ漢方薬を用いてよいわけではないことを理解する必要がある。
黄連解毒湯は苦みが強い生薬で構成される漢方薬であり,治療目標はのぼせぎみで顔色が赤く,イライラして落ちつかない傾向のある患者にみられる不眠症,神経症,胃炎,めまい,動悸などの改善である。
興奮,精神不安,睡眠障害,のぼせ,顔面紅潮などの高血圧随伴症状を断続的に訴えている本態性高血圧患者265例を対象として,二重盲検無作為化比較試験を行った2)。黄連解毒湯群134例には黄連解毒湯エキス剤を入れたカプセル(TJ-15)を,非投与群131例にはエキス剤を含まない識別不能なプラセボカプセルを作成し,8週間の内服(分3)とした。結果は,高血圧随伴症状5項目に関して有意差(P<0.02)を認め,特にのぼせ(P<0.03),顔面紅潮(P<0.02)において有意差が認められた。収縮期血圧,拡張期血圧,心拍数に関して有意差は認められなかった(図1)。
これらの結果から,黄連解毒湯の投与は,のぼせ,顔面紅潮などの随伴症状を認める高血圧患者に対して有用と推測される。
【処方例】ツムラ黄連解毒湯エキス顆粒(医療用)(15) 7.5g/分3/食前内服など
釣藤散は体力がなく疲れやすい,漢方医学的には虚証の患者を対象としており,慢性的な頭痛を持つ中年以降の患者または高血圧傾向のある患者に対して投与されている。一方,大柴胡湯は比較的体力のある,漢方医学的には実証の患者を対象としている。便秘がちで上腹部が張って苦しく,肩こりなどの症状を持つ患者にみられる高血圧などを治療するために投与されている。この2つの漢方薬に関する無作為化比較試験が行われているので,以下に紹介する3)。
従来の治療では降圧効果が不十分,もしくは自覚症状が改善しない軽症高血圧患者94例を対象として,簡便な問診表を用いて虚証群および実証群に振りわけた。虚証を呈する患者62例を釣藤散投与群(エキス剤7.5g/日)29例,非投与群33例と無作為に割りつけ,実証を呈する患者32例を大柴胡湯投与群(エキス剤7.5g/日)16例,非投与群16例と無作為に割りつけた。投与期間は8週間とし,併用薬剤については投与中のものは変更しないこととした3)。
虚証では,釣藤散投与群において収縮期血圧(P<0.001),平均血圧(P<0.05),拡張期血圧(P<0.02)が有意に低下した。非投与群との群間比較において有意差はみられなかった。降圧効果に関して,釣藤散投与群では有意差(P<0.01)がみられ,29.2%の患者に降圧効果がみられた。自覚症状に関しても,釣藤散投与群において「耳鳴り」が有意に改善した(図2)。
実証では,大柴胡湯投与群で平均血圧,拡張期血圧に関して非投与群との群間比較で8週目に有意差(P<0.05)を認めた。降圧効果に関して大柴胡湯投与群では有意差はみられなかったが,21.4%の患者に降圧傾向がみられた(図3)。
体力がなく疲れやすい,漢方医学的には虚証の患者に対して用いられている釣藤散は,軽症高血圧や耳鳴りに有用であることが推測される。比較的体力のある,漢方医学的には実証の患者の高血圧には,大柴胡湯が有用であると推測される。
【処方例①】ツムラ釣藤散エキス顆粒(医療用)(47) 7.5g/分3/食前内服など
【処方例②】ツムラ大柴胡湯エキス顆粒(医療用)(8) 7.5g/分3/食前内服など
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