(兵庫県 H)
医師法第20条本文には,医師は自ら診察しないで治療をしてはならないことが定められています。これを「無診察治療等の禁止」と言います。医師法第20条の「診察」とは,「問診,視診,触診,聴診その他手段の如何を問わないが,現代医学からみて,疾病に対して一応の診断を下しうる程度のもの」などと説明されます1)。無診察治療に当たるかどうかが問題となる場面では,医師において診察が必要かどうかを適切に判断していることが重要です。
肺炎患者への抗菌薬点滴についてのご質問ですが,入院中の患者に一定の間隔を置いて点滴をする場合に,いちいち形式的な診察をすべきとは思いませんが,外来通院の患者に抗菌薬の点滴投与をする場合には,その都度診察をしないのはいかがなものかと思われる先生方もおられるのではないでしょうか。
民事賠償の事案ではありますが,大阪高裁昭和59年8月16日判決2)において,裁判所は「医学的知識経験に照らし特段の変化が予想されなかった本件のような場合には,従前の診察の結果,患者の要望,看護婦の報告等に基づいて治療したとしても,無診察治療ではなく,医師法第20条に反する違反があるということはできない」と述べています。結局のところ,具体的事案では,この裁判例のように,診療経過において医学的知識経験に照らし,特段の変化が予想されるのか否かが判断をわけると思われます。
なお,医師法第20条違反に対しては,戒告や免許取り消し等の処分(第4条,第7条)のほかに,50万円以下の罰金という刑事処罰も医師法上規定されていますが(第33条の2),裁判で投薬・処方について刑事処罰が科された事案は少ないようで,過去の裁判例でみられるのも,計画的・恒常的に対面診察なしの処方せん交付が繰り返されていた3)というような悪質な事案です。
【文献】
1) 厚生省健康政策局長通知・健政発第1075号.
[http://www.mhlw.go.jp/bunya/iryou/johoka/dl/h23.pdf]
2) 判例タイムズ. 1985;540:272.
3) 東京簡易裁判所平成22年10月28日. LLI/DB判例秘書L06560014.
【回答者】
工藤陽一郎 新星総合法律事務所 弁護士