慢性咳嗽の原因は欧米とわが国では異なる
8週間以上の慢性咳嗽では感染症の頻度は減る
咳喘息・アトピー咳嗽・副鼻腔気管支症候群および胃食道逆流は,診察所見に乏しく病歴が重要である
身体診察では異常のとらえやすい慢性閉塞性肺疾患(COPD)や心不全などの所見も評価する
日常診療において「咳が長引く」という主訴で受診する患者に遭遇する頻度は高いが,その多くは2週間以内に発症した急性咳嗽で,たとえ1週間でも患者は「長引く咳に困っている」という主訴で受診する。我々が定義する慢性咳嗽は8週間以上長引く咳で,患者が訴える「長引く咳」と医師が考える「慢性咳嗽」が乖離していることは多い。我々医療従事者は,患者の訴えが命に関わる疾患か否かが最も大きな関心事であるのに対し,患者は1日でも早く苦痛な咳症状を取り除いてほしいという思いで来院するため,考えにずれが生じる。咳嗽患者の診断は丁寧な病歴聴取・診察が鍵となるため,このずれを意識せずに怒濤の問診・診察をすると患者・医師関係が崩れる原因となる。
急性咳嗽の原因には,虚血性心疾患や細菌性肺炎など命に関わる緊急疾患があるが,慢性咳嗽の原因疾患には,すぐに診断が確定しなくても緊急に命に関わる疾患がほとんどないため,とりあえず生ビールといった具合に中枢性鎮咳薬が出されてしまいがちである。十分な説明がなされることなく,内服したものの改善しない患者は,医師を信頼できずドクターショッピングを始めてしまうこともしばしばある。「長引く咳」の診断は病歴や身体診察,検査だけではなく,診断的治療あるいは自然経過も重要な要素であり,初診時に治療介入後の予想される経過を含めた十分な説明のもと,治療を行うべきである。咳が長引けば長引くほど,初診時に診断を確定するのは難しくなる。たとえば慢性咳嗽の原因として代表的なアンジオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme:ACE)阻害薬の副作用を証明するためには,特定の検査ではなく,中止して咳嗽が消失することをフォローアップして診断するのが定説である。また,慢性咳嗽に対して気道過敏性を評価するためのメサコリン試験が行える施設は限られており,治療効果で判断せざるをえない。
慢性咳嗽に対する診断の分類がわが国と欧米では異なっており,わが国での疫学を一概に欧米の論文に比較することは困難である。慢性咳嗽の代表的な原因は,米国の研究では上気道咳症候群(後鼻漏を含む),咳喘息/気管支喘息,胃食道逆流,慢性気管支炎1)で,わが国の研究では咳喘息,アトピー咳嗽,副鼻腔気管支症候群2)であり,疾患名が異なる。病態のとらえ方の違いや共通した確定検査がないことから,わが国では上気道咳症候群という概念はなく,欧米にはアトピー咳嗽という概念がないといった違いが生じているものと思われる。しかし,慢性咳嗽の原因追求は決して複雑というわけではなく,病態を想定した病歴聴取・診察を行い診断的治療もふまえて診断にせまると,画一的な対応ではなくロジックでせまることができる。頻度の少ない疾患の中には見逃すと予後に関わる疾患もあり,ロジックかつ攻める診療で患者個別の対応が必要である。