(岐阜県 K)
【自律尊重,無危害,善行,正義】
「医療倫理の4原則」とは,自律尊重(respect for autonomy),無危害(non-maleficence),善行(beneficence),正義(justice)の4つのことかと思いますが,これは1979年にビーチャム(T. L. Beauchamp)とチルドレス(J. F. Childress)1)が提唱した原則のセットです。これらが考案された理由は彼らの本に詳しく書かれていますが,私なりに要約すれば以下のようになります。
医学には古くから伝統的な原則というべきものがありました。しかし,20世紀の医学が生み出した様々な倫理的問題に対して,それらの伝統的な原則では対処できず,医師など専門家の間(あるいは専門家と非専門家の間)での意見の不一致が避けられないことが明らかとなりました。そこで,見解の不一致を前提とした,倫理的な意思決定の方法が要請され,その試みとして,万人が合意でき,かつ様々な問題に応用できる原則のセットが考案されました。つまり,4原則が考え出された理由は,「意見の異なる人の間で共有可能で,なおかつ多種多様な倫理的問題に汎用可能な方法論が必要だったからだ」と言えるように思います。
それが4つという数に収束したのは,論理的な仕分けの問題です。現代社会には様々な規範(かくあるべき,という考え方)が存在していますが,その中の主だったものを論理的に整理すれば,ほぼ上述の4つに仕分けることができるのです。
その一方で,4原則への異論は大いにありました。そもそも原則を用いて様々な判断を根拠づけるという考え方そのものが疑問視され,決疑論,ナラティヴ倫理など,様々な方法論が考案されました。内容への批判もあり,欧州の研究者からは自律性(autonomy),尊厳性(dignity),完全性(または不可侵性,integrity),脆弱性(vulnerability)という4原則のセットも提案されています2)。
それでも,ビーチャムとチルドレスの4原則は,見解の不一致を克服しようとした重要な試みであることに変わりはなく,不寛容の時代とも言われる今日,世界中で参照され続けています。
【文献】
1) Beauchamp TL, et al:Principles of Biomedical Ethics. 5th ed. Oxford University Press, 2001(生命医学倫理. 第5版. 立木教夫, 他, 監訳. 麗澤大学出版会, 2009).
2) Partners in the BIOMED-Ⅱ Project:Basic Ethical Principles in Bioethics and Biolaw(1995-1998). The Barcelona Declaration. Policy Proposals to the European Commission.
【回答者】
宮坂道夫 新潟大学大学院保健学研究科教授