(秋田県 F)
【梗塞部位の心筋壊死,慢性低灌流による冬眠心筋,左室の拡大などにより生じる】
冠動脈疾患に起因する心不全の多くは,梗塞部位の心筋壊死,慢性低灌流による冬眠心筋(hibernating myocardium),そして左室リモデリングを背景とした左室の拡大,収縮能低下によって生じます。
左室リモデリングとは,梗塞後の心拍出量低下を補うための非梗塞部心筋の代償性肥大・拡張を特徴とする形態変化ですが,この代償機構が破綻すると進行性の左室内腔の拡大と収縮能の低下から心不全へと移行します。この過程において,神経体液性因子(レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系,交感神経系),炎症性サイトカイン,酸化ストレスなどの様々な刺激因子の活性化が重要に関与しており,心筋細胞の肥大や脱落,間質の線維化を引き起こします1)。
梗塞サイズは,左室リモデリングを決定する重要な因子ですが,それほどひどくない虚血性心疾患だとしても,降圧薬や神経体液性因子抑制薬による適切な加療がなされない場合,心不全をきたすことがありえます。
心筋が利用するエネルギー(ATP)は好気的条件下ではその95%がミトコンドリアにおける酸化的リン酸化によって生成され,脂肪酸を主たるエネルギー基質とします。
一方,心筋虚血における低酸素状態では,脂肪酸からATP産生効率の低い嫌気性解糖系へとシフトするために,ATPの産生量は減少し,長時間の虚血によってATPは完全に枯渇するため,収縮能は低下します。さらに,解糖系代謝によって産生された乳酸は,アシドーシスを惹起し,イオンポンプの機能低下と相まって細胞内カルシウム過負荷を引き起こし,心筋細胞死へとつながります2)。
従来,冠動脈疾患に起因する心不全は,左室収縮性が低下した心不全(収縮不全)が主体であり,左室収縮性が保たれた心不全(拡張不全)は少ないと考えられてきました。しかしながら近年では,冠動脈疾患に起因する心不全でも30~40%に拡張不全を認めるという報告もあります3)。
実際に拡張不全の代表例である高血圧性心疾患や糖尿病性心筋症は,いずれも冠危険因子である高血圧や糖尿病から起因することや,高齢の虚血性心疾患患者では,拡張障害をきたしうる高血圧や心房細動を高率に合併することから,冠動脈疾患に起因する心不全においても収縮不全が主体か,あるいは拡張不全が主体かを明確に区別するのが難しい症例が存在します。したがって,収縮能評価だけでなく拡張能評価を併せて行う必要があると考えられます。
心筋梗塞急性期の梗塞部では,虚血に伴う低酸素刺激や酸化ストレス亢進,あるいは梗塞部の機械的伸展によって腫瘍壊死因子α(tumor necrosis factor-α:TNF-α)やインターロイキン6(interleukin-6:IL-6)などの炎症性サイトカインが分泌されます。炎症性サイトカインによって心筋細胞のアポトーシス(プログラム細胞死)が誘導され,同時に単球,マクロファージといった炎症細胞の浸潤が起こり,壊死心筋および細胞外マトリックスの分解・貪食を促進するとともに,血管新生や線維芽細胞・コラーゲン線維の沈着(置換型線維化)によって組織の修復および機能再生に寄与します4)。
一方で,膠原線維に置換されるまでの脆弱な心筋は,壁応力を受けて容易に伸展し(梗塞部伸展),亜急性期の心破裂や心室瘤の原因になります。さらに,慢性期に非梗塞部において過剰に賦活化された炎症性サイトカインは,マトリックス分解酵素(matrix metalloproteinase:MMP)の活性化を促し,その結果,コラーゲンの産生・分解のバランスが破綻します。これは細胞外マトリックスの質的変化を引き起こし,間質の線維化促進によって左室リモデリングを助長します。
このように,梗塞後の炎症は組織修復のための精巧なプログラムではありますが,過剰な活性化は創傷治癒を遷延させ,左室リモデリングを加速させます。
虚血発作時の心電図におけるST-T変化は,虚血部位,虚血の経過時間,虚血の程度(貫壁性か,心内膜下限局性か)などによって影響を受け,一般的に冠動脈閉塞に伴う虚血は,貫壁性の虚血を生じSTが上昇し,ST低下は非貫壁性の心筋虚血を表します。
一方,急性冠症候群で認められる新規の左脚ブロックや純後壁梗塞,一部の左回旋枝,対角枝に起因する心筋虚血では,標準12誘導心電図でST変化が判別できない,あるいは認められないことがあります。実際に心筋梗塞症例の中でST上昇を示す例は50%程度にすぎず,約40%はST下降,陰性T波,脚ブロックなどの非特異的な心電図異常を示し,残る10%は正常心電図を呈するとされています5)。
したがって,心筋虚血の重症度診断では,ST変化,T波の形状やさらに進行した心筋壊死を反映する異常Q波を含め,心電図を総合的に判断することが重要であると考えられます。
【文献】
1) Kinugawa S, et al:Circ Res. 2000;87(5):392-8.
2) Fukushima A, et al:Curr Pharm Des. 2015;21 (25):3654-64.
3) McMurray J, et al:Circulation. 2002;105(17): 2099-106.
4) Nian M, et al:Circ Res. 2004;94(12):1543-53.
5) Rude RE, et al:Am J Cardiol. 1983;52(8):936-42.
【回答者】
福島 新 北海道大学大学院医学研究院 循環病態内科学教室
絹川真太郎 北海道大学大学院医学研究院 循環病態内科学教室講師