人間の体には解剖学的に外界と通ずる「あな」と呼べるものが7(8)個ありますが、耳鼻科医はその中の5個の「あな」を担当しています。耳の穴、鼻の孔、口のあな(腔)とありますが、あなが存在していればその中がどうなっているのか覗いてみたいと思うのは、人々の常でしょうか。自分もトロント大学耳鼻咽喉科への留学から帰国して以来、この鼻の孔の中の研究(鼻科学)に勤しんでいますが、この20年余の間に鼻疾患の治療法も劇的な変貌をとげた感じがします。それ以上に強く思うのは、鼻の疾患自体の病態が大きく変化していることです。まとめると、未踏の洞窟探検にも似た孔を観察する立場から、複眼的な見地で炎症病態を俯瞰する立場への変化でしょうか。
古より人類が悩んできた疾患の代表に慢性副鼻腔炎(蓄膿症)があります。その治療においてエポックメイキングな進展がありました。薬物治療としてのマクロライド少量長期療法、手術的治療としての内視鏡下副鼻腔手術です。いずれも1970年代後半に概念が提唱された後、礎が築かれ、内視鏡の普及とともに瞬く間に標準治療となりました。ちなみに、耳鼻科のトレードマークといえば中心に穴があいている反射式の凹面鏡(額帯鏡)ですが、これもLEDヘッドライトや内視鏡に代わりました。教室でもマイ額帯鏡を白衣の中に身に着けているのは、いまや自分と同年代の医局長の老眼コンビくらいとなっています。
残り591文字あります
会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する