(兵庫県T)
【エビデンスの蓄積で血圧値の分類・リスク評価が年々細かく変化するため】
日本高血圧学会による「高血圧治療ガイドライン」(JSH)は,2000年に初めて作成されました。それ以降,4~5年ごとに最新のエビデンスを引用して改訂されています。JSH2014までは,140/90mmHg以上を高血圧とするので,140/90mmHg未満については正常血圧として扱ってきました。その一方で,JSH2014では,140/90 mmHg未満を「正常域血圧」と名前をつけて,さらに120/80mmHg未満を「至適血圧」,それ以上を「正常血圧」,「正常高値血圧」と亜分類していたため,単に正常血圧というと130/85mmHg未満ということでした。
JSH2000から2004年までは,主に久山町研究における60歳以上を対象としたコホートデータによっています。脳梗塞発症リスクが140/90mmHgから有意に上昇することなどを根拠に,140/90 mmHg以上を高血圧,それ未満を正常血圧として考えられていました。JSH2009では,久山町の追跡23年データから140/90mmHgより低い血圧での脳梗塞リスクが示されてきたこと,Nippon Data 80等でより若い人では120/80mmHg未満で最もリスクが低く,それ以上ではリスクが上昇していることが記載されました。
JSH2014からはEPOCH JAPANという国内の10コホート(男女計7万人)を用いたメタ解析が引用されるようになりました1)。そこには,120/80mmHg未満が最も脳心血管病死亡リスクが低いことが記載されるとともに,因果の逆転を防止する目的で3年以内の死亡を除くと,高齢者でも130~139/85~89mmHgでは有意なリスク上昇となることが示されました。
2017年末に米国の高血圧ガイドラインで130/80mmHg以上を高血圧とする「血圧の定義」が発表されました2)。これはSPRINT研究の結果を重視した結果と思われます3)。2018年に発表された欧州のガイドラインであるESC/ESH2018では,2013年と同様に140/90mmHg以上を高血圧と定義しました4)。その根拠は前向き無作為盲検比較試験(RCT)において,降圧薬治療が有効であることが明らかとなった血圧値が,140/90mmHgであるからとしています。このように,高血圧の基準も疫学的データからRCTのメタ解析へと,その作成基準も変更されてきています。
このような状況においてJSH20195)では,ガイドライン作成委員会を中心として検討を重ねることとなりました。最終的には,すべての人に対して薬物による降圧治療が有用である140/90 mmHg以上を高血圧と定義することとなりました。そして,疫学研究によって脳心血管病のリスクが最も低いことが証明されている120/80 mmHg未満を正常血圧とすることとしました。特に,中壮年では,120/80mmHgを超える血圧では,脳心血管病死亡リスクが倍以上となるため,120~129/80mmHg未満を「正常高値血圧」,130~139/80~89mmHgを「高値血圧」として,注意を喚起することにしました。
このような血圧値の分類(名前)の変遷には,エビデンスの蓄積が大きく関わっています。「正常血圧」という言葉も,脳心血管病リスクが低い血圧値を示すようになり,値が変更されました。血圧値が上がれば上がるほど脳心血管病による死亡リスクが高まることが知られるようになり,「高血圧」でなくても血圧は下げておいたほうがよいことが明らかとなっています。よって,高血圧でなくてもすべての人が,生活習慣に気をつけ,正常血圧(あるいは降圧目標)をめざすことが大切です。
今回,JSH2019で改訂された血圧値分類は,このような経過で決定されました。「正常血圧」が120/80mmHg未満であることをご理解いただき,減塩や運動習慣を含めた良い生活習慣を身につけて頂きたいと思います。
【文献】
1) Fujiyoshi A, et al: Hypertens Res. 2012;35(9): 947-53.
2) Whelton PK, et al: J Am Coll Cardiol. 2018;71 (19):2199-269.
3) Wright JT Jr, et al:N Engl J Med. 2015;373 (22):2103-16.
4) Williams B, et al: Eur Heart J. 2018;39(33): 3021-104.
5) 日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会:高血圧治療ガイドライン2019. ライフサイエンス出版, 2019.
【回答者】
平和伸仁 横浜市立大学附属市民総合医療センター 腎臓・高血圧内科部長