心タンポナーデは心囊内に急速に血液または心膜液が貯留し,心臓の拡張運動が制限されて心駆出力が低下することにより生じる病態である1)。心囊液の貯留によって心囊腔内圧が上昇すると心腔の拡張が阻害されるため,心房圧が上昇し静脈還流が障害され,また,拡張末期心室容量が低下する。結果として,静脈のうっ滞と心拍出量減少から血圧低下をきたす。重症例ではショック状態に陥る。
症状としてBeckの3徴(頸静脈怒張,低血圧,心音減弱),吸気時に血圧が10mmHg以上低下する奇脈(吸気時に横隔膜低下に伴い低下するはずの心囊腔内圧が本病態では心囊液のため,ほとんど低下しない。一方,吸気時には胸腔内圧の低下に伴い肺毛細管圧が低下する。その結果,肺毛細管圧と左室拡張末期圧の較差が減少し,肺静脈から左房への血液還流がより低下するため生じる現象),吸気時に頸静脈怒張が顕著となるクスマウル徴候(吸気時には全身から右心系への静脈還流が増加するが,右室拡張能障害のため静脈圧が上昇し生じる現象),および代償的に交感神経系が賦活化され生じる頻脈,呼吸困難などが認められる。心タンポナーデは心囊内液体貯留により循環に障害が生じている病態であり,単なる心囊液貯留とは区別する必要がある。重症度は心囊液の貯留速度や性状にも依存し,必ずしも心囊液量とは相関しない。心囊内には通常50mL未満の心膜液が存在するが,たとえ100mL程度でも急速に心囊液が増加すると心タンポナーデを発症しうる。一方,緩徐に心囊液が貯留する場合は,その量が多くてもタンポナーデに至らないことがある。
症状としては呼吸困難,動悸,血圧低下が,身体所見としては頻脈,奇脈,頸静脈怒張が比較的多く認められる。
心囊液貯留の確認には,心臓超音波検査が簡便で最も優れている。そのほか,胸部X線での心拡大,心電図での低電位,胸部CTでの心囊液確認も診断のきっかけとなる。
心タンポナーデの原因として急激に心囊腔液が増加する病態が関与する。これには細菌性・ウイルス性・HIV関連などの急性心外膜炎,急性心筋梗塞後心破裂,ドレスラー症候群,急性大動脈解離,食道癌や肺癌など悪性腫瘍の心膜転移,交通事故などの外傷,心臓手術後の出血,心臓カテーテル検査・治療(狭心症・心筋梗塞に対する経皮的冠動脈インターベンションや不整脈に対するカテーテルアブレーション,および心筋生検など)で起こりうる冠動脈や心筋の穿孔などが挙げられる。
致死性の病態であり,救命のためにまずはショック状態からの離脱を図ることが重要である。
緊急時にはベッドサイドで心エコーガイド下に穿刺,心囊ドレナージを行い,心囊液の排液と心囊の減圧を行う。通常はドレーンを留置するほうが持続的排液が可能で,排液量・性状を経時的に観察できるので有用である。またその場合,X線透視装置を用いてドレーンを留置するほうが安全である。
ショック時の強心薬投与は無効であり,とにかくドレナージを優先させる。出血性心タンポナーデで循環血液量が減少している状態でも,ドレナージは一時的な血行動態の維持に有用である。人工呼吸は胸腔内圧が陽圧となり,心室充満が困難となることから急激な血圧低下を引き起こすことがあるため,注意を要する。
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