中東呼吸器症候群(Middle East respiratory syndrome:MERS)は,2012年にアラビア半島で最初に報告された新興感染症である1)。その病原体は,コウモリのコロナウイルスと近縁のMERSコロナウイルス(MERS-CoV)で,ヒトには通常ヒトコブラクダから感染すると考えられているが,ヒト-ヒト感染も起こる。世界保健機関(WHO)によると,2012年の最初の報告以来,2019年9月末までに2468人の感染者と851人の死亡が確認されている(致死率34.5%)。感染者のうち2077人(84%)がサウジアラビアからの報告である。現在も中東において患者発生が続いている2)。2015年5~7月には,韓国でMERSのアウトブレイクが発生した。これは中東を旅行し,帰国後に韓国の病院に入院した1人の男性に端を発し,最終的には受診医療機関を中心に感染186人,死亡38人に拡大したもので,本疾患が医療関連感染として拡大するリスクが高いことを示している3)。同様のことは日本でも起こりうると考えられ,注意が必要である。
わが国では,本症は感染症法上の2類感染症なので,感染症法に基づく医師の届出基準4)を参考に診断する。本基準では,次の(ア),(イ)または(ウ)に該当し,かつ他の疾患によることが明らかでない場合,MERSを鑑別疾患に入れることとしている。
(ア)38℃以上の発熱および咳を伴う急性呼吸器症状を呈し,臨床的または放射線学的に肺炎,急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome:ARDS)などの実質性肺病変が疑われる者であって,発症前14日以内にMERSの発生が確認されている地域に渡航または居住していた者。
(イ)発熱を伴う急性呼吸器症状(軽症の場合を含む)を呈する者であって,発症前14日以内にMERSの発生が確認されている地域において,医療機関を受診もしくは訪問した者,MERSであることが確定した者との接触歴があるものまたはヒトコブラクダとの濃厚接触歴がある者。
(ウ)発熱または急性呼吸器症状(軽症の場合を含む)を呈する者であって,発症前14日以内に,MERSが疑われる患者を診察,看護もしくは介護していた者,MERSが疑われる患者と同居していた者またはMERSが疑われる患者の気道分泌液もしくは体液等の汚染物質に直接触れた者。
その臨床的特徴は「潜伏期間は2~14日(中央値は5日程度)。無症状例からARDSをきたす重症例まである。典型的な病像は,発熱,咳嗽等から始まり,急速に肺炎を発症し,しばしば呼吸管理が必要となる。下痢などの消化器症状のほか,多臓器不全(特に腎不全)や敗血症性ショックを伴う場合もある。高齢者および糖尿病,腎不全などの基礎疾患を持つ者での重症化傾向がより高い(同基準4)より抜粋)」とされ,これに合致する症例について,鼻腔吸引液,鼻腔拭い液,咽頭拭い液,喀痰,気道吸引液,肺胞洗浄液,剖検材料を検査材料とし,分離・同定による病原体の検出もしくは検体から直接のPCR法による病原体の遺伝子の検出を試みる。その結果をもって以下の通り診断する。
(ア)患者(確定例):上記の臨床的特徴を有し,上記の検査方法により,病原体の少なくとも2つの遺伝子領域が確認された者。
(イ)無症状病原体保有者:上記の臨床的特徴を呈していないが,上記の検査方法により,病原体の少なくとも2つの遺伝子領域が確認された者。
(ウ)疑似症患者:上記の臨床的特徴を有する者で,上記の検査方法により,病原体の少なくとも1つの遺伝子領域が確認された者。
残り854文字あります
会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する