【司会】吾妻安良太(日本医科大学呼吸器内科/武蔵小杉病院呼吸器内科部長)
【演者】桑野和善(東京慈恵会医科大学呼吸器内科教授)
COPDおよびIPFはともに加齢関連肺疾患である。
加齢に伴う細胞機能異常が病態に関連している。
肺傷害が肺気腫または肺線維症に至る過程には共通点が多い。
肺気腫と肺線維症は非可逆的であり根本的な治療はない。
細胞老化やオートファジーを標的とする新たな治療が期待される。
図1は,左が肺気腫で右が肺線維症の剖検肺の滑面です。肺気腫は大体上葉から,肺線維症は肺底部からと,発生する場所は異なりますが,進行すれば全肺に及びます。両疾患に共通しているリスクは老化と喫煙ですが,似たところがありながらも表現型としては全く違う型になります。
肺気腫は肺胞レベルの肺胞壁が壊れ,そのまま治癒せず全く修復機転が働きません。それに対して肺線維症は,やはり肺胞壁が壊れるのですが修復が起こります。ただし,正常な修復ではなく,線維化が進行するという違いがあります。
肺の加齢性疾患である肺炎で亡くなる人の9割以上が65歳以上です。慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease:COPD)と特発性肺線維症(idiopathic pulmonary fibrosis:IPF)も,65歳以上では若い人に比べて10倍近く頻度の差があります。加齢関連疾患と言われる所以です。
COPDの定義は,「タバコを主とする有害物質を長期に吸入曝露することで生じる肺疾患」です。呼吸機能検査で気流閉塞を示します。気流閉塞には末梢気道病変と気腫性病変の2つが関与します。臨床的には徐々に進行する労作時の呼吸困難,慢性の咳,痰を示します(図2)1)。軽症ではほとんど症状がなく,40歳以上の一般の人に肺機能検査を行った疫学データでは,全員ほぼ症状がないにもかかわらず,8.5%にCOPDがみられました。これをもとに算出すると,現在わが国でおそらく500万人以上にCOPDがあると思われます。しかし,そのうち実際に病院で治療を受けているのは20万人程度というのが現実です。死亡原因として現在わが国では第10位ですが,世界的には間もなく第3位になる,非常にcommonな疾患です。
症状がなく肺機能検査でも異常のない早期でも,CTで見つけることができます。小葉中心性の肺気腫では,肺胞壁が壊れてある程度穴が大きくなれば見つかります。COPDの特徴として,末梢気道の壁が線維化し,肥厚して内腔が狭窄していることが挙げられます。つまり,病型としては気腫型あるいは非気腫型(末梢気道病変型)の2つのタイプが混在し,わが国ではどちらかというと気腫型のほうが多いと言われています。
さらにCOPDは,肺に限局した病気ではなさそうだと言われています。COPDの人の末梢血を測ると,TNFα,IL-6,CRPなどが軽度上昇していることが非常に多く,全身性の炎症を起こしていることがわかります。一説では肺の中で起きている炎症が全身に波及すると言われています。糖尿病,骨粗鬆症,心血管疾患との併存が非常に多く,それがCOPDの全身性炎症と関連しているのではないかという説もあります。
喫煙歴があり,慢性の咳,喀痰,労作時呼吸困難があればかなりの確率でCOPDだと言えます。長期にわたって喫煙歴がある40歳以上の人には,まず肺機能検査をします。1秒率が70%未満,いわゆる閉塞性障害があれば,明らかな他疾患がない限りCOPDであると診断がつきます(図2)1)。診断としては比較的簡単なのに,症状のない人が病院に来ないことが問題です。軽症だと何となく咳と痰が気になると思いながらもまだタバコが吸えます。中等症になると坂道を歩くと息切れがする,階段を登るのがほかの人よりも遅いといったことに気づくようになります。本来この段階で受診してほしいのですが,一般の人はなかなかそこまで至りません。いよいよ息切れがひどく,これはおかしいと思うころには既に重症です。この段階でやっと治療を始めることが多いのです。
治療には気管支拡張薬を用います(表1)。長時間作用性抗コリン薬(long acting muscarinic antagonist:LAMA)と長時間作用性β2刺激薬(long acting β2agonist:LABA)が中心で,この2つの合剤LAMA/LABAもあります。喘息を合併している場合,吸入ステロイド(inhaled corticosteroid:ICS)も有効です。
治療の流れは重症度によって多少異なります。薬物療法では,軽症のうちは薬物を使わず経過観察する場合もありますが,症状が出たり肺機能検査値が上下を示し始めたらLAMA,LABAのどちらかを使い,さらに進行したらLAMA/LABAを使います。喘息の傾向があればICSを併用するのが基準です。日常の注意としては,インフルエンザや肺炎球菌などの予防接種,歩行に支障がある人にはリハビリテーションなどを勧めます。それ以上進行した場合は在宅酸素療法(home oxygen therapy:HOT)あるいは持続陽圧呼吸療法(continuous postive airway pressure:CPAP)などの非侵襲的陽圧換気療法(non invasive positive pressure ventilation:NPPV)を用いるのが治療の流れとなります。
よく聞くびまん性肺疾患とは,あくまで画像上両側の肺野に陰影がびまん性にある場合を言い,間質性肺炎以外も含みます。間質性肺炎は,その病態として肺の間質と呼ばれる肺胞壁(実質も含む)に炎症や線維化等,何らかの病変が起こる病態を言います。「特発性」がつくと,間質性肺炎の中で原因不明の場合を指します。IPFは特発性間質性肺炎の中で最も多いもので,慢性かつ線維化が進行して,不可逆的に蜂巣肺等を形成します。分類すると,明らかな原因が伴うものとして,薬剤性肺炎,膠原病,塵肺等があります。珍しいものとして,サルコイドーシスや過敏性肺炎,あるいは肺胞蛋白症といったものがびまん性肺疾患に含まれます。それに対して原因不明の間質性肺炎を特発性間質性肺炎と言い,その中の大部分を占め,予後が最も悪いものがIPFと呼ばれます。
疫学的には,わが国では約1/1万人で,60~70歳代,男性,喫煙者が圧倒的に多いです。臨床症状は咳と息切れ,バチ指等がありますが,非特異的です。背側の下部で捻髪音が聞こえると,この疾患を疑うことができます。検査成績では,マーカーとしてKL-6あるいはSP-Dが有名です。肺機能的には拘束性障害があり,低酸素血症をきたします。慢性かつ進行性で,急性に両肺が真っ白になって呼吸不全を起こす急性増悪の状況になると半数しか助からないのが現状です。肺癌の合併率が非常に高く,進行を見つつ合併に常に気をつけないといけません。かつては予後が悪く,生存の中央値が約2,3年と言われていましたが,現在は後述する抗線維化薬が開発され,倍程度にはなりました。
X線では肺野の上下が非常に収縮しています。下肺野に有意の両側性びまん性の網状影がみられるのが特徴で,CTだとさらによくわかります。肺底部では,背側,胸膜直下に蜂巣肺があり,牽引性気管支拡張像がみられれば画像で診断がつきます(図3)。X線で異常があったら,塵肺や膠原病など明らかな原因がない限り特発性間質性肺炎のどれかだろうと考えます。CTで蜂巣肺があればIPFという診断がつくため,ぼんやりした影が全体にあってどうもおかしいと思ったら,CTを撮ることがまず最初のステップになります。
抗線維化薬が出る前には,TNF抗体が試されたり,あるいは抗凝固療法,免疫抑制薬,ステロイド,さらには肺高血圧症に使われるイマチニブ,エンドセリンのアンタゴニスト,シルデナフィル等も使われてきました。肺高血圧症では線維芽細胞の増殖があるのでIPFにも使えるのではないかと思われましたが,臨床試験ではことごとくネガティブデータで否定され,今残っているのはニンテダニブとピルフェニドンです。
ピルフェニドンはわが国では諸外国よりもいち早く使われました。ニンテダニブはここ数年使われている薬です。両方とも線維芽細胞の増殖,線維化の抑制をターゲットとして使われる薬です。数年経った今,その予後を見ると,以前は平均3年だった生存期間が現在6,7年となっており,その効果は明らかと言われています。
肺を傷害する物質をマウスに注入すると,炎症を起こした後,線維化が残ります。一方,同時にコラーゲンの重合を阻害する物質を注入したマウスは,線維化が抑制され肺気腫になりました。1982年ごろのこの実験から,ちょっとした違いで同じ傷害から別の病気になる可能性が考えられ始めました。加齢や喫煙,環境因子で肺の上皮細胞が破壊されても,うまくいけば治ります。しかし,そこに何らかの炎症があったり,サイトカインが過剰に産生される,あるいは修復するサイトカインが抑制される等が起こると,片や何も起こらず壊れたままの肺気腫,片や過剰に線維化が進む肺線維症が形成されると考えられます。
修復機序がカギだと言われ始めたのが2011年ごろです。ブレオマイシンやIL-1を動物に経気管的に注入すると,普通はtransforming growth factor β(TGFβ)やSmadのシグナル活性化で線維化が起こります。しかし,TGFβはもちろん,TGFβを活性化するインテグリン,あるいはTGFβのレセプター,Smad 3等のどれか1つでも抑制すると線維化ではなくなり,むしろ肺気腫になってしまいます。そこに喫煙を加えるとさらに重度の肺気腫になることから,この病態はどこかのシグナルが変わるだけでどちらかに傾くことがわかってきました。そのため,これらシグナルに対する治療が試みられましたが,1つひとつを抑制したとしても,臨床的に有効な治療法に結びつかないのが現実でした。
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