腹部外傷の主たる治療対象は出血と腹膜炎である。腹部臓器の特性としては,実質臓器,管腔臓器,大血管の3種類の臓器があると考えることができ,実質臓器は主に出血の,管腔臓器は主に腹膜炎の,また大血管の損傷は危機的出血の原因となる。臓器の局在としては腹腔内,後腹膜に大別できる。受傷機転については穿通性外傷,鈍的外傷にわけられ,これらの組み合わせによって緊急度,重症度,インターベンションの適応が異なるが,出血,特に遊離腔内への出血となる腹腔内出血が最も緊急度が高い。
受傷機転と受傷からの経過が重要である。受傷機転においては,鈍的外傷と穿通性外傷とでは診療の方針はまったく異なる。さらに鈍的外傷では外力が加わった部位によって損傷臓器が大きく異なり,その解剖学的位置関係から,上腹部では実質臓器が,下腹部では管腔臓器が損傷しやすい。同じショック状態の腹部外傷患者であっても,受傷30分での来院と,受傷数時間後での来院ではその時間経過から緊急度が大きく異なってくるため,時間経過の把握が重要となる。
病歴聴取においては,抗凝固療法や循環作動薬投与など,循環動態に影響しうる既往歴や,過去の開腹手術既往の有無が重要である。
出血と腹膜炎をいかに認知するかが重要であり,特に腹腔内出血の主たる徴候であるショックを見逃してはならない。バイタルサインとして呼吸数,脈拍数,血圧,意識状態のモニタリングは診療開始時から継続して行う。低血圧や頻脈を呈していればショックを疑うことは言うまでもないが,外傷による急性出血に対しては,バイタルサインの数値に頼らず,身体所見からショックを早期に認知することが腹部外傷に限らず重要である。具体的には,末梢冷感や湿潤,橈骨動脈の触知微弱,顔色不良などに加えて,不穏状態や失見当識などの意識の変容もショックの早期所見であり,見逃してはならない。
腹膜炎の身体所見としては,自発痛,圧痛,腹膜刺激症状(Blumberg徴候,筋性防御など)があるが,受傷から短時間ではこれらの所見は明瞭化しにくいことに留意が必要である。
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