妊婦に高頻度にみられる血液疾患としては,鉄欠乏性貧血や血小板減少症が挙げられる。妊娠により生理的な血液稀釈(=水血症)が生じるが,治療を要さない。
発育中の胎児は鉄を必要とし妊婦の鉄需要は増加するため,鉄欠乏性貧血となりやすい。妊娠により生理的に血小板消費は亢進し,血小板数は妊娠が進むにつれ減少傾向となる(分娩時で約15~20%の減少)。5~10%の妊婦では15万/μLを下回る血小板数減少が認められるが,多くは妊娠性血小板減少症で治療を要さない。
特発性(免疫性)血小板減少性紫斑病〔idiopathic(immune)thrombocytopenic purpura:ITP〕では,自己抗体である抗血小板抗体により,巨核球からの血小板産生が抑制され,また抗体付着血小板が網内系で破壊される。急性型と慢性型とがあるが,妊娠合併症として問題になるのは慢性型である。
ITP合併妊娠の問題点は,分娩時の母体の出血と,抗血小板抗体の児への移行による重篤な児血小板減少による出血の可能性に集約される。
WHOと米国産婦人科医会(ACOG)の基準では,妊娠中の貧血は,妊娠第1三半期で血色素量(Hb)11g/dL未満〔ヘマトクリット値(Ht)33%未満にほぼ相当〕,妊娠第2三半期でHb 10.5g/dL未満と定義される。妊娠中期以降では,赤血球増加に比べて血漿量の増加が上回るため,生理的な血液稀釈が生じる(水血症)。したがって,HbやHtの低下が直ちに病的貧血を意味するわけではない。ただし,発育中の胎児も鉄を必要とするために妊婦の鉄需要は増加しており,容易に鉄欠乏となることに留意する。鉄欠乏性貧血を想起する手がかりは,小球性貧血を示唆する平均赤血球容積(MCV)の低下である。また,鉄欠乏性貧血では血清フェリチン低値,総鉄結合能(TIBC)高値,血清鉄低値,網状赤血球数正常または低下,などの所見がみられ,他の原因による貧血と鑑別するのに有用である。
5~10%の妊婦では15万/μLを下回る血小板数減少が認められる。妊娠末期に認められやすい。一過性の病態である妊娠性血小板減少症によるものが60~75%であり,10万/μL以下の血小板数となることはあまりない。血小板数が10万/μL以下の場合には,血小板数減少をきたす他の病態・疾患や薬剤性の原因も考えるべきである。20~25%は妊娠高血圧腎症に関連するもの(HELLP症候群を含む)とされ,ITPは数%にすぎない1)~3)。
ITPの診断は基本的に除外診断による4)。血小板への付着抗体(platelet associated IgG:PAIgG)は,病勢に伴い変動し活動性の指標として有用であるが,ITPに特異的なものではなくPAIgGの存在は診断根拠とはならない。ITPでは血小板数減少の程度により,四肢の紫斑などの出血傾向に伴う症状が認められる。ITP発症頻度は,一般集団(1/3万人程度)に比べ,妊婦では約10倍高頻度(1/3000人程度)とされ,産科外来でも比較的遭遇しやすい。この要因として,①無症状でも妊婦健診時に末梢血検査を受ける機会が多いこと,②妊娠による生理的な血小板消費亢進により,ITPによる血小板数減少が顕在化すること,③自己免疫疾患の発症が妊娠により増加すること,等が考えられている2)。ITP合併妊娠例でも妊娠が進むにつれ血小板数が減少傾向となるが,血小板減少率の比較では非罹患妊婦との間に差はみられない2)。
・Hbが9.0~11.0g/dLでMCVが正常値(85~100fL)の場合は,鉄欠乏ではなく水血症の影響と考え,いきなり鉄剤投与とはせず,鉄含有食物の摂取を励行して経過をみる。
・MCV低値の場合には鉄欠乏と判断し,鉄剤投与開始とする。胃腸障害等により経口投与ができない,出血などで急速な鉄補給を必要とする場合には,過剰投与に注意しつつ経静脈投与を行う。
・Hbが9.0g/dL未満でもMCVが正常な場合は,鉄欠乏性以外の貧血の可能性を考える。
妊婦の鉄欠乏性貧血の治療は,まずは食事療法(鉄含有量の多い食物の摂取励行)から開始し,鉄補充を必要とする場合は経口投与が原則である。貯蔵鉄量が十分になると腸管上皮での鉄取り込みが抑制されるため,過剰摂取になりにくいのが利点である。このため,便の色は鉄の酸化により黒っぽくなる。
妊娠性血小板減少症では,原則として治療を必要としない。妊娠によりITP罹患にかかわらず血小板数が減少するので,既にITPと診断されている例では,適切な治療で寛解となってから妊娠することが望ましい。
ITP合併妊娠の治療の目標は,血小板数を正常化することではなく,母体および児の出血による合併症を防止することである。「妊娠合併特発性血小板減少性紫斑病(ITP)診療の参照ガイド」1)が有用な診療指針となる。血小板輸血による血小板増加効果は短期にとどまるため,血小板輸血は他の治療が無効で,分娩など一時的に血小板数を増加させたい緊急時のみに行う。妊娠中の脾臓摘出術は流産の危険があり避けたほうがよい。ピロリ菌陽性のITPでは,妊娠中でもピロリ菌の除菌療法が考慮される。しかし,器官形成期(~妊娠8週)を避けるなど,薬剤の胎児への影響に配慮を要する。
残り1,763文字あります
会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する