左室駆出率(LVEF)の著明低下を認めない心不全に対する薬剤治療は、ACE阻害薬、ARB、アルドステロン拮抗薬、ARNiのいずれも、その転帰を改善できなかった。 しかしSGLT2阻害薬は異なるようだ。8月27日からオンラインで開催された欧州心臓病学会(ESC)学術集会にて報告された、ランダム化試験“EMPEROR-Preserved”の結果として、Stefan D. Anker氏(シャリテー ・ベルリン医科大学、ドイツ)が報告した。ディスカッションを含め、紹介したい。
EMPEROR-Preserved試験の対象は、β遮断薬、レニン・アンジオテンシン系阻害薬、アルドステロン拮抗薬など最大限の従来治療にもかかわらず、症候を呈するHFmrEF、HFpEF(LVEF>40%)5988例である(HFmrEFが33%)。2型糖尿病合併の有無は問わない 。ただし「NT-proBNP上昇」に加え「直近12カ月以内の心不全入院歴」、あるいは「左房拡大、または左室肥大」が必要とされた。
平均年齢は72歳、女性が45%を占めた。アジア人も11.5%含まれている。LVEFは平均54.3%、NT-proBNP中央値は974pg/mL、収縮期血圧平均値は132/76mmHgだった。また、心房細動の診断歴を有する例が51%含まれていた(PARAGON-HF、I-PRESERVE、CHARM試験では30%前後)。また試験開始時に出された論文では、直近1年間の心不全入院例が占める割合が23%で、他試験(除I-PRESERVE)に比べ著明に低いと指摘されている。
これら5988例は、SGLT2阻害薬エンパグリフロジン10mg/日群とプラセボ群にランダム化され、二重盲検法で26.2カ月(中央値)追跡された。
その結果、SGLT2阻害薬群では、1次評価項目である「心血管系(CV)死亡・心不全入院」の年間発生率は6.9%で、プラセボ群(8.7%)に比べ、有意なリスク低下が観察された(HR:0.79、95%CI:0.69-0.90)。カプランマイヤー曲線は試験開始と同時に乖離し始め、Anker氏によれば18日目で有意差となったという。
この低下は事前設定されたすべてのサブグループで認められ、「糖尿病の有無」、「性別」による影響は受けていなかった。一方、開始時LVEFが高くなるほどリスク減少率が小さくなる傾向を認めたが、有意ではなかった(傾向P値:0.21)。
ただし1次評価項目の内訳を全体で見ると、有意低下を認めたのは心不全入院のみ(HR:0.71、95%CI:0.60-0.83)で、CV死亡は減少傾向にとどまった(HR:0.91、95%CI:0.76-1.09)。さらに総死亡は、減少傾向も認められず(HR:1.00、95%CI:0.87-1.15)。両群のカプランマイヤー曲線はほぼ一貫して、重なり合ったままだった。
総死亡にまったく差が認められなかった点は報告後のディスカッションでも取り上げられ、以下が指摘された。総死亡(SGLT2阻害薬群:6.6%/年、プラセボ群:6.7%/年)に占めるCV死亡(同、3.4/年、3.8%/年)の割合は低く、非CV死亡に対しSGLT2阻害薬が無効だった可能性―である。指定討論者であり、辛口で鳴らすFrank Ruschitzka氏(チューリッヒ大学病院、スイス)は、9%のCV死亡相対リスク減少を打ち消した死因を明らかにする必要性も指摘した。しかしいずれにせよ、SGLT2阻害薬による心不全入院抑制が患者にとって福音である点については、異論は聞かれなかった。
本試験でもう1つ注目されたのは、治療開始後のNT-proBNPである。SGLT2阻害薬群における、試験開始52週間後の低下中央値は29pg/mLのみだった(プラセボ群の9pg/mLに比べ有意に高値)。この数字から報告者のAnker氏は、SGLT2阻害薬によるCVイベント減少をもたらしたのは、利尿作用がメインではなく、ヘマトクリットの上昇(プラセボ群に比べ2.36%の有意高値)ではないかとの見解を示した。一方、Ruschitzka氏は、利尿作用ではなく体液の適正分布の回復を介して、SGLT2阻害薬は心腎イベントを減らすのではないかと推論していた。
本試験は、Boehringer IngelheimとEli Lillyから資金提供を受けて実施された。また報告と同時に、NEJM誌ウェブサイトで公開された。