A:2021 年に発刊された「頭痛の診療ガイドライン2021」では,鍼治療に関する事項が数多く掲載された。片頭痛や緊張型頭痛の急性期治療や予防療法について,非薬物療法である鍼治療の有効性が示された。また,薬剤の使用過多による頭痛(medication-overuseheadache;MOH)についても鍼治療に関する事項が掲載された1)。さらに,米国国立衛生研究所(National Institutes of Health;NIH)やCochrane でも頭痛に対する鍼治療の有効性が示されている。
鍼灸治療は2000年以上の長い歴史を有する東洋古来の伝統医療であり,多くの疾患や症状に効果が期待できる。下記に2021年に発刊された「頭痛の診療ガイドライン2021」の片頭痛と緊張型頭痛に対する鍼灸治療に関する記述の一部を概説する。
「片頭痛予防に対する非薬物療法として,ニューロモデュレーションや認知行動療法,鍼治療を考慮してもよい」と記載され,鍼治療は,片頭痛の標準的なトリアージの非薬物療法の項目にニューロモデュレーション,認知行動療法,有酸素運動とともに推奨されている(弱い推奨/エビデンスの確実性B)。
ここで引用されている根拠は, 英国やドイツの頭痛のガイドラインにおいて片頭痛の予防や急性期治療,さらにMOHの予防として,鍼治療は非薬物療法として位置づけられているためである2)。
緊張型頭痛の中でも治療対象となる頻発反復性緊張型頭痛と慢性緊張型頭痛に対して薬物療法と非薬物療法があり,それぞれの急性期治療と予防療法がある強い推奨/エビデンスの確実性:個別)。そのうちの非薬物療法のひとつとして,鍼灸が記載されている。
非薬物療法は, すべての緊張型頭痛患者に考慮されるべき治療法とされており,精神療法および行動療法,理学療法,鍼灸,神経ブロックに大別されている。 鍼灸の文献は,12試験,2349例の緊張型頭痛患者を含み,標準治療や偽鍼などのコントロール群と比較して鍼治療の有意な改善を報告している。しかし,このように緊張型頭痛に対する鍼灸治療の有効性は示されているものの,個々の研究の質が低いため,エビデンスの確実性はCと結論づけられている。
非薬物療法の項目では,ストレスや精神的緊張が緊張型頭痛の危険因子であることにも言及されている。緊張型頭痛の患者全体の84.8%は,心理的ストレス要因や精神疾患(うつ病や不安症)を合併しており,その治療や危険因子の除去も考慮すべきと記載されている(エビデンスの確実性C)。鍼灸治療は, 心理的ストレス要因やうつ病などの精神疾患の治療に効果が期待できるため,これらを考慮した治療を行っていくことが望ましいと考えられる2)。
鍼の鎮痛機序については,①下行性疼痛調節機構,②内因性疼痛抑制機構, ③脊髄後角に関与した分節性の機序,④軸索反射,⑤アデノシンによる局所鎮痛作用が明らかとなっている3)。一次性頭痛に対する鍼治療は, こうしたいくつかの機序が複合的に関与し,効果が期待できるものと考えられている。
近年,経穴部(ツボ)に肥満細胞が集まっていることが,いくつか報告されている。肥満細胞には温度感受性のTRPV1,TRPV2,TRPV4チャネルが発現しており,53℃以上の熱刺激,機械刺激を受けると,TRPV2を介して脱顆粒を起こすことが示されている。つまり,施灸による熱痛刺激や鍼刺激によって脱顆粒する。
実際に,施灸が肥満細胞に脱顆粒を誘発することや,成分のひとつであるアデノシン濃度を上昇させることが明らかとなっている。Goldmanら(2010年)の研究によると,アデノシンは,感覚神経細胞上のアデノシンA1受容体を介して鎮痛効果を誘発する4)。中枢でのβ-エンドルフィン産生が誘起され,下行性疼痛抑制のトリガーになっていることが推測されている。また,感覚神経を刺激することで,脊髄後角などでの機能変化が生じ,痛みの中枢感作を改善させることなども考えられている。
脳神経内科などより診療依頼があった難治性の片頭痛患者70例を対象に鍼治療効果を検討した結果,2カ月間の鍼治療で中等度以上の頭痛日数は6.4日から1.8日に有意に減少し,頸肩部筋群の圧痛改善と相関した。
片頭痛患者に対する鍼治療の中枢作用についてarterialspin-labeling(ASL) MRIを用いて検討した。ASL MRIは造影剤を使用せず,非侵襲的に脳血流を測定可能であり,鍼治療の効果のメカニズムを解明する手段としてきわめて有用性が高い。片頭痛患者への鍼治療の結果,視床や視床下部および弁蓋部,帯状回,島などに脳血流の増加反応が示され,左右の不均衡が改善し,鍼治療を継続することで頭痛日数が減少するとともに脳血流も健常者のパターンに近づいた。また,episodicな片頭痛と慢性片頭痛では,その反応に一部差異が認められた。
緊張型頭痛患者221例を頻発反復性と慢性に分類し,自覚症状が5割以上改善するまでの治療回数・期間を検討した。その結果,頻発反復性のほうが有効率は高く,鍼治療の回数や期間も短縮していることが明らかとなった。
緊張型頭痛に対する鍼治療の効果のメカニズムについては,筋電図や自律神経機能などを指標に検討した。その結果,緊張型頭痛の発症には,頭部の筋群よりも後頸部や肩甲上部,肩甲間部の筋群の過緊張が重要な役割を果たし,鍼治療を継続することによりこれらの筋群の過緊張が緩和し, 症状が改善するとともに,こうした指標が健常者のパターンに近づいた。
このように,鍼治療は高位中枢を介し,生体の恒常性に寄与することが明らかとなった。こうした生体の正常化作用が伝統医療の特質と考えられる。
【文献】
1)「頭痛の診療ガイドライン」作成委員会, 編: 頭痛の診療ガイ ドライン2021. 日本神経学会, 他監. 医学書院, 2021.
2)菊池友和, 他: 全日鍼灸会誌. 2022; 72(1):4-13.
3)山口 智, 他: 内科. 2021; 127(6) : 1311-3.
4)Goldman N, et al:Nat Neurosci. 2010; 13(7) : 883-8.
5)山口 智, 他: 現代鍼灸. 2020; 20(1) : 125-30.
6)荒木信夫, 他: 現代鍼灸. 2020; 20(1) : 119-23.
本稿は『jmedmook82 「頭痛の診療ガイドライン2021」準拠 ジェネラリストのための頭痛診療マスター』の一部を抜粋し,掲載しています。
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