【実害が生じていないことは,医師法第17条違反を否定する根拠にはならないが,起訴猶予等の理由にはなりうる】
医師法第17条は「医師でなければ,医業をなしてはならない」と定め,同法第31条1項は,その違反者を「3年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金に処し,又はこれを併科する」と規定しています。
「医業」とは,「業として医行為を行うこと」であり,「業として」とは,「反復継続の意思をもって行うこと」と解されています(最高裁昭和28年11月20日決定参照)。
著名な“タトゥー裁判”において最高裁は,タトゥー施術行為は「社会通念に照らして,医療及び保健指導に属する行為」とは認められないことを理由に,「医行為に当たらない」と判断していますが(令和2年9月16日決定),その中で,「医行為」は「医療及び保健指導に属する行為のうち,医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」と定義されています。
“縫合”は,医師とりわけ外科医の中でも,技術の差が大きく出る処置のひとつです。不完全な縫合が,その場で生命に危険を及ぼす可能性は低くても,その後に縫合不全や,感染をはじめとした術後合併症を引き起こして,生命を脅かすこともあります。そのため,手術中に患者の皮膚の縫合を行うことは,「医行為」に該当するものと考えられます。仮に,医師ではない臨床工学技士が反復継続の意思をもって同処置を行えば,それは医師法第17条違反に当たる可能性が高いと考えます。
結果的に患者の健康に実害が生じなかったことは,確かに起訴猶予や刑事責任の軽減の理由にはなりえます。しかしながら,そもそも,“患者の健康が現実に危険にさらされた”ということは,医師法第17条違反の文言上の要件とはなっておりません。実際の判例においても,非医師の行う医業の危険は抽象的危険で足り,患者の生命・健康が現実に危険にさらされたことは必要ではないと解されています(大審院大正2年11月25日判決,大審院昭和元年12月25日判決参照)。そのため,結果的に患者の健康に実害が生じていないことは医師法第17条違反を否定する根拠にはならないと考えられます。
また,たとえ臨床工学技士が皮膚の縫合に関する技能に習熟している者であったとしても,同様の理由から,医師法第17条違反を否定する根拠にはならないと考えられます。
【参考】
▶ 勝亦藤彦:判例タイムズ. 1997;923:70-5.
▶ 甲斐克則, 他, 編:医事法判例百選. 第3版. 有斐閣, 2022, p4-5.
【回答者】
長野佑紀 弁護士