歩行障害や運動失調の症状が前景に立つ頻度が高い救急疾患として,脳卒中や変性疾患がある。運動失調をきたす原因疾患は多様(脳腫瘍,血管障害,外傷,先天性疾患,感染・炎症性疾患,脱髄性疾患,代謝性疾患,中毒性疾患,変性疾患)であり,治療方針は傷病ごとに異なる。責任病巣の違いにより,小脳失調,脊髄性失調,前庭性失調,前頭葉性失調にわけられる。
緊急で治療介入すべき脳卒中として,くも膜下出血,脳出血,急性期脳梗塞があるが,初期診療での最適な血圧管理域はそれぞれ異なる。
根本的あるいは対症的治療の種類や組み合わせについて,各施設の専門家と協議する。
浮動性めまい(ふわふわする),身体がふらふらする,といった体幹失調の症状,上肢を動かす際のふるえといった振戦または測定障害の症状,協調運動がうまく行えないといった運動失調の症状に注意する。
また,複視,構音・嚥下障害,歩行偏倚といった脳幹・小脳症状の随伴に注意する。頭痛があれば,くも膜下出血を鑑別する。
救急患者におけるバイタルサインの異常として,意識障害,徐脈,高血圧を認める場合は,頭蓋内圧亢進を伴う重度の脳卒中を疑う。意識が保たれているが,血圧が高く,運動失調を疑う愁訴がある場合も,脳卒中を考える。徒歩受診する救急患者で運動失調を訴える患者についても,高血圧には十分に注意する。
ストレッチャー上で運動失調を評価するために,以下の徒手検査を順次行う。
①指鼻試験(finger-to-nose test):患者の面前でやや斜め前方70~90cmのところに検者の示指を置き,被検者の示指で自身の鼻と検者の示指との間を正確に行ったり来たりさせる。指先が横にそれたり,行き過ぎたり,手前で止まったりするのは測定障害(dysmetria)の徴候である。滑らかでなく左右上下に揺れながら示指に到達するのが運動分解(decomposition)の徴候である。
②踵膝試験(heel-to-knee test):仰臥位の状態で,片方の踵を高く上げさせ,対側の膝に正確に触れさせた後に脛骨に沿って踵を足関節まで滑らかにすべり降ろさせる。踵を膝に正確につけられないのは測定障害の徴候で,踵を滑らかに移動できないのは運動分解の徴候である。
③回内・回外試験(diadochokinesis test):両手の回内・回外運動をできるだけ素早く行わせる。共動筋から拮抗筋への運動の変換が素早く滑らかに行われないのは小脳半球の障害である。
小脳半球障害の症状には,測定障害,運動分解,回内・回外運動障害,歩行失調,平衡障害などが挙げられる。後索障害からの深部感覚障害の徴候として,開眼していれば視覚と小脳で平衡を保つことができるが,閉眼すると代償がきかず,失調症状が増悪するRomberg徴候がある。前庭性失調では,回転性めまい,嘔吐,眼振を伴っているのが特徴であり,測定障害,運動分解,回内・回外運動障害は出現しない。
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