現在,高血圧診療の最大の課題は,コントロール不良高血圧である。多くの優れた降圧薬が使用可能であるにもかかわらず,日本では,高血圧患者の25%以上は血圧コントロールが目標値に達していない5)。これらの血圧コントロール不良の要因は2つある。1つは患者側の要因で,アドヒアランスの不良である。もう1つは医師側の問題で,「クリニカルイナーシャ」である。慢性疾患の管理においては,患者側のみならず,医師側にも惰性が生じる。これが「クリニカルイナーシャ」である。このクリニカルイナーシャからの脱却には,医師側と患者側で,より厳格な降圧目標値を正確に設定し,その達成の重要性を共有することが最初の第一歩である。
これまでのエビデンスより,生活習慣の改善は高血圧治療の根幹であることは広く知られている。しかし,医療機関では十分な生活習慣の指導を行う時間が取れないのが現状である。高血圧治療補助アプリにより,医師の診察と診察の間を埋める継続した生活習慣の修正が支援される。本アプリを使用する患者は,正しい生活習慣の知識を習得し,毎日,家庭血圧を測定し,降圧目標値との差分を認識することになる。また,アプリが提示する行動変容オプションから,本人が主体的に選択し成功体験を積み重ねることにより,本人のセルフ・エフィカシー(自己効力感)が醸成される。この自己効力感とは,ある行動をうまく行うことができるという「自信」のことをいい,自身を信じて,実際の行動に移せる力のことである。一方,医師は,患者の自宅での生活習慣の行動変容を客観的に評価し,個別指導に活かせる。これにより,患者と医師,両方の高血圧治療への関心が高まり,クリニカルイナーシャが改善し,コントロール不良高血圧の制圧に役立つことが期待される。
高血圧デジタル療法により,個人レベルで生活習慣の行動変容がなされ,確実で臨床的意義のある降圧効果が示されている。一方,残された課題として,個人レベルの降圧機序が示せていない。本アプリの降圧機序は,食塩摂取の制限,減量,運動,節酒,睡眠の改善,ストレス軽減の6つの降圧要因,さらに家庭血圧の自己測定自体や薬剤アドヒアランスの向上,クリニカルイナーシャ(治療イナーシャ)の改善などが挙げられるが(図10)2),どのような生活習慣の行動変容がどのような経過をたどり,個人の降圧効果につながったかが明確にされていない。
今後,高血圧の日常診療にアプリを導入することにより,レスポンダー(個人の降圧機序)の同定,糖・脂質代謝など多リスク因子への効果,薬剤との併用効果,長期効果と安全性,心血管イベント予後の改善効果など,さらに多くのリアルワールドデータで個々の患者の降圧要因を分析し,高血圧デジタル療法のさらなる研究開発が必要である(表2)10)。
高血圧デジタル療法は高血圧診療の簡便化を目的とするものではなく,診療の質を向上させるものである。医師と患者を継続的に双方向でつなぎ,究極の個別・最適化高血圧診療を達成する有用な治療オプションとなることを期待したい。
【文献】
1) Kario K, et al:Conn Health. 2022;1:46-58.
2) Kario K, et al:Hypertension. 2022;79(10):2148–58.
3) Nomura A, et al:Hypertens Res. 2022;45(10):1538-48.
4) Kario K, et al:Eur Heart J. 2021;42(40):4111-22.
5) 日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会, 編:高血圧治療ガイドライン2019. ライフサイエンス出版, 2019.
6) Kario K, et al:Hypertens Res. 2021;44(12):1589-96.
7) Tucker KL, et al:PLoS Med. 2017;14(9):e1002389.
8) Zhang W, et al:N Engl J Med. 2021;385(14):1268-79.
9) Kario K, et al:Hypertens Res. 2022;45(1):11-4.
10) Kario K, et al:Hypertens Res. 2022;45(12):1899-905.