「労作時の息切れや動悸、易疲労感」は慢性心不全の初期自覚症状[急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)]だが、収縮能の保たれた心不全(HFpEF)における運動耐容能低下は必ずしも心拍出量の低下だけでは説明できない[Haykowsky MJ, et al. 2011]。そのため近年では、HFpEFを単なる心疾患ではなく全身性の加齢性多臓器症候群として理解しようとする試みも進められている[Pandey A, et al. 2021]。
そのような観点からHFpEF例における運動耐容能低下の一因として注目されているのが、骨格筋代謝の異常である。これまでにも傍証は報告されてきたが今回、HFpEF例における骨格筋ミトコンドリア機能障害と運動耐容能低下の直接的な相関が確認された。報告者であるカリフォルニア大学(米国)のLina Scandalis氏らは、HFpEFの新たな治療ターゲットにつながる研究だと自負している。JAMA Cardiol誌、5月10日掲載論文から紹介したい。
解析対象となったのは、米国在住で60歳以上の症候性HFpEF 27例と、年齢をマッチした低身体活動性の健常対照45例である。これらHFpEF群と対照群間で運動耐容能とミトコンドリア呼吸を比較した。
その結果、運動負荷時、最大呼吸交換比には両群間で差を認めないにもかかわらず、最大酸素摂取量(Peak VO2)はHFpEF群で健常対照群の60%未満にまで有意に低下していた。また6分間歩行距離もHFpEF群で170mの有意低値だった。
一方、準安静後採取の外側広筋生検標本で検討したミトコンドリア最大呼吸能は、年齢や性別、BMIで補正後も、HFpEF群で著明に低下していた。
そしてこのミトコンドリア最大呼吸能は、運動負荷時「Peak VO2」ならびに「6分間歩行距離」と有意な正相関を示した。すなわちHFpEF群において、骨格筋ミトコンドリア機能障害が運動耐容能低下をもたらしている可能性が示唆された。
なおミトコンドリア機能を改善する介入としては運動療法[Porter C, et al. 2015]に加え、コエンザイムQ10やMitoQ、ミトコンドリア分裂阻害剤1(Mdivi-1)、ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)などを用いた検討が行われているという[Murphy MP, et al. 2018]。
かつて収縮力低下心不全(HFrEF)はその病態理解を「血行動態異常」から「心筋(細胞)傷害」へシフトさせた結果[Packer M. 1992]、治療にパラダイムシフトが起きた。HFpEFではいかに――。
本研究は米国国立衛生研究所と米国心臓協会、Kermit Glenn Phillips II Chair in Cardiovascular Medicine(Wake Forest大学)から資金提供を受けた。