妊娠初期の悪心・嘔吐を「つわり」と呼び,全妊娠の3/4にみられる。これに体重減少や血液検査異常を伴うものが悪阻であり,治療を要すれば重症である。原因は内分泌的なものや胎児細胞・DNAの母体血中への流入などと推定されるが,現在も不明である。
自覚症状が主であるが,妊娠検査薬が未検であれば行い,また超音波検査で正常妊娠・多胎妊娠・異所性妊娠・絨毛性疾患の鑑別を行っておくことは必須である。尿検査(試験紙法で可)で尿ケトン体を同定するが,妊娠前からの糖尿病の放置や見落とし,また治療中でも悪阻によって誘発され発症する糖尿病性ケトアシドーシスとの鑑別も重要である。尿検査で同時に尿糖がみられれば血糖値・HbA1cの血液検査も急ぐ。さらに悪阻では,妊娠による凝固能亢進に脱水が加わることで深部静脈血栓症のリスクが高く,診断の遅れは生命に関わるため,家族歴や既往歴,下肢痛がないかを聴取し,訴えがあれば下肢静脈超音波検査などを手配する。
まずは安静と休息・休職・通勤緩和などが望ましく,食事については少量の分割食や,「好きなもの,食べたいものだけを食べる」ことで,少しでも悪化を防ぐ。スポーツドリンクなども有用である。内服薬として,ドパミン受容体拮抗薬〔プリンペランⓇ(メトクロプラミド)〕が胎児への影響がなく,よく処方されるが,効果があるとのエビデンスはない。漢方薬(五苓散など)も同様である。化学療法のための制吐薬〔カイトリルⓇ(グラニセトロン塩酸塩)など〕の使用も可能ではあるが,適応外使用・保険適用外で高額であり,しかも効果は一定しない。ただこれらの内服薬による胎児への影響の報告はないため,処方を躊躇する必要はない。ましてや,次に述べる輸液療法も含めて「何もかも我慢して耐える」のは大きな間違いであり,そのような我慢を強いる家族や周囲から引き離すことも治療のひとつである。
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