本稿では,2015年9月1日に締結された「八尾市と大阪大学大学院医学系研究科との健康づくり事業の推進に関する協定」(以下,「八尾市協定」)における活動を中心として,地域自治体のデータを活用した取り組みについてご紹介する。
「八尾市協定」の締結に至るまでの背景には長い歴史があり,ことの始まりはその50年以上前の1962年にさかのぼる。具体的な経緯については成書1)に詳しいが,当時,国内では脳卒中が死因の第1位を占め,増加の一途をたどっていた。その中で,国民健康保険の赤字に悩んでいた八尾市は,脳卒中の予防策について,“循環器検診”を主体とする循環器疾患の予防活動を行っていた大阪府立成人病センター集団検診第Ⅰ部に相談に訪れた。そのことがきっかけとなり,市,保健所,医師会,成人病センター等による協議の結果,“循環器検診”を中心とする地域ぐるみの予防対策として,市内にモデル地区(曙川地区,後に南高安地区)を選定し,そこから重点的な予防対策を開始することを決め,市の予算措置も執行された。さらには,自治振興委員会,婦人会といった地元の住民組織を巻き込み,一方では脳卒中発症の悉皆調査として,国民健康保険のレセプト,地元医師会の協力(報告,病院調査),全世帯の住民アンケート調査,市の保健師による訪問調査等が行われた。そして,1977年には南高安地区成人病予防会が発足し,住民組織を核とする体制が構築されるに至った。
その後,関係する諸機関や市の体制は変遷したが,上記の成人病予防会を核とする基本的な予防活動は現在まで脈々と受け継がれており,2013年10月には,「八尾市循環器健診50周年記念式典」が催されている。
なお,上記の八尾市のモデル地区における疫学研究は,秋田県井川町,茨城県筑西市協和地区,高知県香南市野市町,秋田県由利本荘市石沢地区・北内越地区とともに,日本を代表する大規模コホート研究CIRCS(circulatory risk in communities study)として知られている2)。筆者らはその60年にわたって積み重ねられてきたデータをもとに,のべ28万人(実人数約3.7万人)規模の統合データセットを構築した。そのデータを活用した最近の研究3)から,八尾市南高安地区における40歳以上の年間千人当たりの脳卒中年齢調整発症率は,1964〜71年の男性6.60,女性3.28から,2012〜18年には男性1.15,女性0.59に減少しており,そのレベルは,同時期に対策を開始し大幅に脳卒中発症率が低下した秋田県井川町と比較してもなお,男性で1.72分の1(58%),女性で2.23分の1(45%)の低率であることが示されている。
「八尾市協定」が締結された初年度は,八尾市の健康福祉部を主とするメンバーと大阪大学大学院医学系研究科公衆衛生学教室との間で,八尾市の国保データベース(kokuho database:KDB)を活用した分析,今後に向けての双方からの情報提供と意見交換,八尾市による市民アンケート調査など,表1に示すような内容について協議され,報告が行われた。
さて,前述のKDBは国保連合会が構築し,管理・提供するものであるが,八尾市が保有するオリジナルデータを用いて,目的に応じてデータセットを自由に構築することが可能であれば,それが理想である。その第一段階として,市が保有する国保特定健診データ,介護保険データ,地区単位別の詳細な人口データを大学側に提供して頂き,データベースの構築に取り掛かった。そして,介護予防対策の一環として,単年度の介護認定割合を年齢調整して全国データと比較したり,八尾市全域における年齢区分別にみた介護認定割合の17年間の年次推移について,経年的傾向検定を用いて分析を行ったりした。さらには,介護保険法が改正された2006年度からの12年間における年齢調整要介護認定割合の経年的傾向分析を第1号・第2号被保険者別・男女別に行った。
また,八尾市は史跡・旧跡が多く,古くからの地域コミュニティが残っていると同時に,大阪市近郊に位置することから新住民も多く,同じ市内でも地区による特色の差が考えられる。そのため,「八尾市協定」締結当初,市内各地区の出張所に保健師を配置する地区担当制が敷かれた。したがって,地区別の検討も重要であるとの観点から,65歳以上における男女別・地区別の年齢調整要介護認定割合の経年的傾向の分析,および2006年度,2010年度,2014年度,2017年度における男女別,年齢区分別,地区別の要介護全体,要介護2以上および要介護4以上それぞれの粗認定割合および年齢調整認定割合の差の分析も行った。
一方,前述の市民アンケート調査では人数が少ない地区もあり,住民の特性や意識の現状について地区間の比較が困難であったことから,新たにその分析を目的として,各地区同数を配布する市民アンケート調査を計画した。その際,ソーシャル・キャピタル(地域における人とのつながりや絆,ご近所の底力といった人と人との関係性を通して交換される社会的資源)や地産地消など,八尾市保健師の関心が特に高かった,地域コミュニティをより意識した設問を新たに取り入れるとともに,生活習慣に関してもエビデンス重視,他の研究・調査との比較性といった観点から設問を選定し直した。それらの結果は,全項目における全体集計に加えて,男女別および年齢区分別の地区間比較を年齢調整後の有意差検定を用いて分析し,地区ごとに良好な取り組み,課題と考えられる取り組みなどをまとめていった。
さらには,ソーシャル・キャピタルに関する設問の回答から算出したソーシャル・キャピタルスコアのレベルと主要調査項目の男女別クロス集計および年齢調整後の有意差検定による分析も行った。
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