・痒みの定義は「搔きたい衝動を引き起こす不快な皮膚の感覚」
・痒みによる疾病負荷「アトピー性皮膚炎による社会的損失額は年間746億円」
・痒みのメディエーター,伝達経路を把握し,西洋医学的治療も知っておく
・皮膚科診療での漢方医学の位置づけを再認識
・日本皮膚科学会の各皮膚疾患ガイドライン記載の漢方薬をおさえておく
・おすすめの「痒み診療における漢方治療フローチャート」
・標治(皮疹に対する治療)と本治(中から治す治療)
・漢方薬は1剤あるいは2剤を,分2朝夕食後を基本に
・攻めの漢方:まず,ここから1剤あるいは2剤を選んで投与
・風の巻:痒み漢方三兄弟(消風散,当帰飲子,十味敗毒湯)
・熱の巻:黄色か白の使いわけ(黄連解毒湯,白虎加人参湯)
・燥の巻:潤しながら痒みを取る(温清飲,六味丸または八味地黄丸)
・水の巻:滲出性・浮腫性の皮疹(越婢加朮湯)
・漢方医学の独壇場,中から治す「本治」
・慢性化病変:駆瘀血剤(桂枝茯苓丸など)を追加
・メンタル三女神:加味帰脾湯(クヨクヨ型),加味逍遙散(不定愁訴型),抑肝散(イライラ型)
・ストレス漢方:柴胡剤シリーズ
・守りの漢方:補中益気湯の使い方
東洋医学的治療の前に,まず西洋医学的に「痒み」はどうとらえられているのかを解説する。その機序や標準的治療を把握して頂きたい。
痒みは,1660年にドイツの神経生理学者Hafenreffer Sが「搔きたい衝動を引き起こす不快な皮膚の感覚」と定義した。1998年に英国の皮膚科医Savin JAは,搔きたいという欲望は主観的な感覚であることから,「十分に強ければ,搔破,または搔きたいという欲望を生じる感覚」を提唱している1)。それ以降,痒みに対する知見が広がり,2023年開催の12th World Congress on Itchで痒みの定義を再考しようという試みもあった。痒みによる不快な感覚は,皮膚に異物や害虫,寄生生物がついた際に,痒みを感じることによって,異常が起きている場所を知らせ,その異物を搔いて取り除こうとする行動を起こさせることから,痒みは一種の生体防御反応である,と考えられている。しかし,皮膚疾患あるいは全身疾患などにより痒みが持続的に生じ,日常生活に支障をきたすこともしばしばあり,以下のようなことが痒みにより生じる問題点とされている。
痒みがあることで様々な疾病負荷が現れることがある。痒みが我慢できない,眠りが妨げられる,集中力が切れる,皮膚疾患の外見が気になる,衣服や髪型,行動が制限される,ストレスが溜まる,気分が落ち込む,生産性・学力が低下する,などである。痒みは身体的,精神的な面からも生活の質(quality of life:QOL)を低下させ,治療にかかる経済的負担,生産性の低下,精神的な負担などを考慮すると大きな負荷になる。痒みを生じる代表的な疾患であるアトピー性皮膚炎による社会的損失額は,年間746億円にも上ると試算されている(厚生労働省平成26年患者調査)。