慢性心不全(HF)の50%は虚血性心疾患を合併しており(2002~14年コホート)、心筋梗塞(MI)後のHF発症抑制は現在でも重要な課題である。そこで期待されたのがSGLT2阻害薬だが、ランダム化比較試験(RCT) “EMPACT-MI” では「死亡・HF初回入院」を抑制できなかった。4月6日より米国アトランタで開催された米国心臓病学会(ACC)学術集会において、ベイラー・スコット&ホワイト医療センター(米国)のJaved Butler氏が報告した。
なお上記1次評価項目に有意差はないものの、「心不全(初発)入院」のみで比較するとSGLT2阻害薬群で著明かつ有意な減少が認められた。この点をどう評価するかが、今後の焦点になりそうだ。
・導入/除外基準
EMPACT-MI試験の対象は、MI発症から14日以内で、標準治療にもかかわらずHF発症高リスクだった6522例である。具体的には「左室駆出率(EF)低下」(<45%)、あるいは「加療を要する鬱血」を呈し、加えてそれ以外にもHF発症リスク因子を有していた例である。日本を含む世界22カ国の451施設から登録された。
MIはST上昇の有無を問わない。またHF既往例は除外されている。「実臨床でも用いうる導入/除外基準だ」とButler氏はコメントしている。
なおDeep Diveセッションで本試験を論じたデューク大学(米国)のRobert Mentz氏は、本当にHF高リスク例のみが登録されたのか疑義を呈した。この基準では冬眠心筋例なども含まれていた可能性があるという。
・患者背景
患者背景を見ると、ST上昇型MI(STEMI)が74.3%を占め、男性の割合が75.1%、65歳以上は50.0%だった。また6522例中35.6%では「うっ血」と「EF<45%」が併存しており、「EF低下」のみが42.8%、「うっ血」のみは21.4%だった。
・MI治療
MIに対しては十分な治療が実施されていた。すなわち急性期には89.3%で再灌流療法が実施され、心保護薬も退院時までに86.7%がβ遮断薬、82.5%がレニン・アンジオテンシン系阻害薬を服用、ミネラルコルチコイド阻害薬服用率も47.8%に達した。またスタチンは95.3%が服用、抗血小板薬は98.1%だった。
これら6522例はMIへの標準治療継続の上、SGLT2阻害薬(エンパグリフロジン10 mg/日)群とプラセボ群にランダム化され、二重盲検法で観察された。
1次評価項目は「死亡とHF初回入院」である。本試験は「簡略化」を旨としており、イベントの中央検証は実施せず各施設で治療を盲検化された研究者が判定することにした。そのような環境で正確に評価できることもあり、このような評価項目が選ばれたという。
・1次評価項目
その結果、1次評価項目である「死亡とHF初回入院」リスクに両群間で有意差はなかった。17.9カ月間(中央値)における発生率は、SGLT2阻害薬群で5.85%/年、プラセボ群で6.58%/年。SGLT2阻害薬群におけるハザード比(HR)は0.90(95%信頼区間[CI]:0.76-1.06)だった。
なおこの発生率を、指定討論者であるマサチューセッツ総合病院(米国)のJames Januzzi氏は(良い意味で)「想定よりもかなり低い」と評した。ただし本試験におけるイベント数は、当初統計設計時の想定数に達しており、検出力に問題はない。
一方、「心不全初回入院」(1次評価項目中48%)のみで比較すると、SGLT2阻害薬群でリスクは有意に低くなっていた。同群の発生率は2.58%/年。プラセボ群の3.38%/年に比べHRは0.77(95%CI:0.60-0.98)である。両群の発生率曲線は試験開始後90日を待たずに乖離を始め、群間差の経時的減弱は認めなかった。またHF「初回」入院に限らず「全HF入院」で比較しても、SGLT2阻害薬群における有意なリスク減少が認められた。
しかし、1次評価項目の52%を占めた「死亡」では対照的に、試験開始810日後に至るまで両群の発生率曲線は一貫して乖離の兆しもなく、ほぼ重なり合ったまま推移した(HR:0.96、95%CI:0.78-1.19)。HF(初回)入院抑制が生存率改善に結び付かなかった理由をButler氏は、「観察期間が短いため」と述べた。
他方、前出のMentz氏はDeep Diveセッションにて、SGLT2阻害薬が介入できない機序による死亡(虚血性心疾患死や不整脈死など)が関連した可能性を指摘した。なお同セッションにおけるButler氏の発言によると「心不全関連死」はSGLT2阻害薬群で相対的に29%、有意なリスク低下を観察したという。
・安全性
重篤な有害事象発現はSGLT2阻害薬群とプラセボ群間に差はなかった。急性腎不全も同様だった。
今回示されたSGLT2阻害薬による「心不全入院減少」は1次評価項目ではない。しかし他試験データとの一貫性を考慮すれば「MI後にSGLT2阻害薬を使えば心不全を抑制し得る」とButler氏は述べた。
ただしSGLT2阻害薬の有用性は非ST上昇型MI(NSTEMI)例の方が大きかったということで(データ提示なし)、Deep Diveセッションでは「NSTEMIならSGLT2阻害薬を考えるが、STEMIだったら経過を観察する」と発言していた。
なお記者会見では指定討論者だったブリガム・アンド・ウィミンズ病院(米国)のPatrick O’Gara氏がDAPA-MI試験との違いに言及した。昨年のAHAで報告された同試験では、MI後SGLT2阻害薬開始による転帰改善Win Ratioはプラセボに比べ有意に高かった。一見すると今回の結果と対照的にも映る。しかしDAPA-MIで認められた差は「新規2型糖尿病発症抑制」と「体重減少」に負うところが多く、「心臓血管系死亡・HF入院」発生率は、EMPACT-MI試験同様、SGLT2阻害薬群とプラセボ群間に差はない。
EMPACT-MI試験はBoehringer Ingelheim(BI)とEli Lillyから資金提供を受けて実施された。また複数のBI社員が治験運営委員を務め、統計解析もBI社員が実施した。
本試験は報告と同時にNEJM誌ウェブサイトで公開された。