【Q】
わが国での脳死下臓器提供は少なく,心臓移植の待機期間は約3年と聞きます。ほとんどの患者さんは補助人工心臓を装着し,移植待機しているという現状です。米国では心臓移植を目的としないdestination therapy(DT)として植込み型左心補助人工心臓(left ventricular assist device:LVAD)治療が行われています。
わが国では移植待機患者に植込み型補助人工心臓治療を行っていますが,今後わが国でも米国と同様のことが起こるのでしょうか。医療経済・倫理的側面を含め,大阪大学・戸田宏一先生のご教示をお願いします。
【質問者】
泉谷裕則:愛媛大学大学院医学系研究科心臓血管・呼吸器外科学教授
【A】
わが国でも移植適応のある重症心不全患者さんに植込み型LVADが保険医療として使われるようになって4年が経過し,カテコラミンによる入院加療が必要な,2年以上の生命予後が期待できない300名近い患者さんがその恩恵〔生存率の向上(1年生存率90%)と退院によるQOLの向上〕を受けておられます。
DTとはこの恩恵を移植適応のない重症心不全患者さんにも広げる治療です。DTは米国で10年以上前に開始され,最近では年間症例数1000例近くにまで急激に増加しています。この治療の根拠になったエビデンスは,2001年にthe New Eng-land Journal of Medicine誌上に発表されたRE
MATCHというRCT(randomized controlled trial)です。
このRCTではNYHAⅣの末期的重症心不全だが,年齢などの理由で心移植の適応にならなかった129名の患者さんを内科治療群,植込み型LV
AD群と,ランダムに2群にわけて予後を観察したところ,1年生存率は内科治療群で25%であったのに対し,植込み型LVAD群では51%と有意な生命予後改善効果を認めました。そしてその生命予後改善効果は,機器,治療法の進歩とともに,現在1年生存率70~80%にまでさらなる改善を認めています。
この非常に有効な重症心不全の治療法であるDTをわが国の患者さんにも使えるように,補助人工心臓治療関連学会協議会が協議を開始しています。DTは非常に有効である反面,現代の医療に共通する問題点もあります。
1つは費用(費用対効果)の問題です。米国のデータによると,この治療で1年間元気に暮らすためにかかる費用は年間1000~1800万円と言われています。米国ではDT患者の多くが65歳以上となるため,その総医療費である約200億円が公的医療費:Medicareによってまかなわれています。高額なようですが,維持透析に要するMedicareの総費用に比べると100分の1であると言われています。
また,この治療費の大部分は機械(植込み型LV
AD),手術,入院費用に費やされており,入院期間短縮,汎用化による機械のコストダウンなどにより総医療費の軽減,および生存期間の延長による年間当たりの費用の軽減が見込まれ,いずれは維持透析並みの年間費用500~600万円になることが予測されています。
もう1つ注目されているのが医療倫理の問題です。すべての医療に共通することですが,終末期を迎えたときにどのような緩和ケアを行うかを事前に患者・家族と相談する必要があります。植込み型LVADが植え込まれているからといって不死身になったわけではなく,補助できない右心不全や脳障害のために亡くなられるわけですが,植込み型LVADのために意識不明,回復の可能性がないまま終末期が長くなる可能性があります。これらに関して事前に本人,家族の意思を明らかにしておく必要があります。
また,このほかにもこのような患者さんの見守りをどのような形で行っていくかなど,改善すべき問題もありますが,精神的に元気な高齢者が増えていくこれからの社会の中で,このDTをいかに日本の文化,医療システムに適合させていくかについては,多くの医療関係者が関与することになると思います。