【Q】
手術の低侵襲化はすべての外科領域での1つの流れであると考えます。その中で内視鏡下手術をみると,腹部外科,呼吸器外科領域に比べ,心臓血管外科領域の遅れを否めません。心臓血管外科領域における内視鏡下手術の今後の展望について,名古屋第一赤十字病院・伊藤敏明先生にお聞きしたいと思います。
【質問者】
戸田宏一:大阪大学医学部附属病院心臓血管外科 病院教授
【A】
内視鏡下心臓手術(endoscopic cardiac sur--gery:Endo-CS)の現状分析と,器具の進歩を含めた将来展望を記します。
[1]当院でのEndo-CS
2011年から100例以上に対し行ってきた僧帽弁Endo-CSの方法は,他科での鏡視下手術の基本スタイルに則り,(1)内視鏡はスコピストが手持ちし,(2)主創に加え左手鑷子用に独立ポートを挿入し,カメラポートを頂点とした三角形を形成する,というものです。器具の操作性は開胸器を使用した直視下小切開よりも良好となり,内視鏡のメリットである死角の少ない広視野,超近接拡大視を十分に活用できるようになりました。
[2]内視鏡下心臓手術の適応疾患
消化器外科領域で食道・肝切除術など技術的に心臓手術と同等以上の複雑な手術が鏡視下に行われており,心臓手術も十分鏡視下に可能です。
僧帽弁膜症:最も適しており,普及が見込まれます。鏡視下手術には標的臓器の手前に適当なワーキングスペースが必須であり,さらに操作があまり広範囲にわたらないのが好都合です。僧帽弁は左心房,右胸腔が適度なワーキングスペースとなり,さらに直視で観察しにくい弁下を超近接視できます。弁の形態評価が二次元画像では不十分であるのが弱点です。
大動脈弁膜症:大動脈基部はワーキングスペースが狭く条件は劣るものの,sutureless弁が入手できれば鏡視下大動脈弁置換術(aortic valve replacement:AVR)が可能であり,既に報告があります。ローリスク患者に対する痛みが少なく,美容的な手術法として,カテーテル弁と棲み分けされると予想します。
冠状動脈バイパス:小切開CABG(coronary ar-tery bypass grafting)における内胸動脈剥離の補助として有用です。一方,鏡視下バイパス吻合は,心室表面が胸壁に近く,ワーキングスペースが少なく不向きです。
大動脈疾患:ステントグラフトが普及しており,余地は少ないと思われます。
先天性心疾患:鏡視下手術は動脈管開存症(pat-ent ductus arteriosus:PDA)を除けば学童期以降の心房中隔欠損症(atrial septal defect:ASD),TypeⅡ心室中隔欠損(ventricular septal defect:VSD)などに限られると思います。
不整脈など:鏡視下アブレーション,左心耳切除が心原性塞栓予防手術として心臓外科医が関わる新たな分野として期待されます。
[3]内視鏡の性能
現在の内視鏡の画像は,3倍以上のルーペによる視覚情報の質にはかないません。
解像度は現在,1920×1080画素のfull HDが最高スペックですが,数年内に4K HDの製品発売も期待されます。また,現在3社から3D内視鏡が発売され,full HD解像度を持つ製品もあり,立体視の不自然さも解消されてきました。フレーミングの自由度にまだ不十分な面があるものの,立体感でなく「立体視」できることのメリットは大きく,2Dのまま高精細化するだけでなく3D技術が内視鏡手術の安全性を高めると期待しています。
最後に,Endo-CSが属人的技術から一般化する過程では,技術認定制度やウェットラボなどによる安全な普及が望まれます。また,呼吸器外科にならえば,胸腔鏡下,または補助下に行うことで小切開手術の技術料割増の論拠となると考えます。