【Q】
心エコーでみられる左房内の,いわゆるもやもやエコーの程度(グレード)と脳塞栓のリスクには相関があると言われています。ワルファリンを服用している慢性持続性心房細動の患者さんで,もやもやエコーのグレードが高い場合はPT-INR(prothrombin time-international normalized ratio)をより高めに設定したほうがよいのでしょうか。また,PT-INRを高めにコントロールした場合,もやもやエコーのグレードを下げることは可能なのでしょうか。北里大学北里研究所病院・赤石 誠先生のご教示をお願いします。
【質問者】
河村朗夫:防衛医科大学校病院循環器内科准教授
【A】
まず,なぜ心房細動に血栓塞栓症が多いのかを考える必要があります。どうして血栓が生成される心房細動と,されない心房細動があるのでしょうか。どうして左房に血栓ができやすいのでしょうか。
血栓の形成はVirchowの三徴によって引き起こされます。心房に負荷が加わると,血液の凝固や血小板システムが変化するという研究(文献1)もありますが,心房細動の血栓形成に大きく関わる因子は血流のうっ滞であることは間違いありません。では,心房細動ではどうして血液がうっ滞するのでしょうか。うっ滞は,もやもやエコーで可視化することができます。そのグレードは,うっ滞の程度と関連しています。
心房の容積変化は,心房筋の収縮のみに依存しているわけではありません,また,心房細動になっても,心房がまったく容積変化を起こさなくなってしまうわけではありません。心房細動で血液がうっ滞することを理解するためには,もう少し病態をわけて考える必要があります。
心房細動になっても,左房コンプライアンスが高く維持されている限り,心室収縮期に肺静脈から左房へ血液が流入し,左房は拡大します。左房拡大が生じると,左房コンプライアンスは低下し,この収縮期の肺静脈血流は減弱します。これは,心房の能動的収縮の消失と相まって,左房容積変化が減少することを意味します。容積変化が少ないということは,心房のリザーバー機能が減弱しているということです。この状態は,心房内において肺静脈と僧帽弁を結ぶ通路以外の血液がうっ滞するということを意味します。
心房細動患者において,CHADS2スコアが1以下で,左室駆出率と左房容積が正常であれば,左房血栓リスクは非常に低いと結論している報告(文献2)もあり,左房コンプライアンスが心房細動の血栓リスクに大きく関与していることは間違いないと思います。加えて,心房細動で,脳梗塞リスクを反映するのは左房の大きさであるという大規模研究(文献3)の観察結果も,左房コンプライアンスがうっ滞に関与することを支持する結果であると思います。
非弁膜症性心房細動の左房内血栓は90%が左心耳内に生じます。血液のうっ滞に加えて,左心耳の存在が血栓形成には重要な位置を占めています。左房に血栓が多いのは左心耳があるためではないかと思っています。実際に,左心耳を閉塞すると,ワルファリン治療に匹敵する血栓予防効果があったという研究(文献4)もあるくらいです。
以上を説明すると,もやもやエコーが強いからといって,PT-INRを高く設定しても,より予防に効果的になるということは成立しにくいのではないかと納得頂けるのではないでしょうか。ましてや,抗凝固薬により,もやもやエコーを消失させることは無理であると考えざるをえません。
【文献】
1) Sohara H, et al:J Am Coll Cardiol. 1997;29(1): 106-12.
2) Ayirala S, et al:J Am Soc Echocardiogr. 2011;24 (5):499-505.
3) The Stroke Prevention in Atrial Fibrillation Investigators:Ann Intern Med. 1992;116(1): 6-12.
4) Holmes DR, et al:J Am Coll Cardiol. 2014;64 (1):1-12.