【Q】
非弁膜症性慢性心房細動に対する左心耳閉鎖デバイスのワルファリンに対する非劣性のエビデンスが示されてきており,左心耳切除術も同等以上の効果を示すことが期待されます。
(1) 抗凝固治療と比較した左心耳切除術の効果について,医療経済的評価についても併せて。
(2) 心臓外科の新分野として,人口100万人当たり年間どれほどの対象患者が潜在していると考えられますか。
以上,東京都立多摩総合医療センター・大塚俊哉先生のご教示をお願いします。
【質問者】
伊藤敏明:名古屋第一赤十字病院第一心臓血管外科部長
【A】
(1) 低侵襲左心耳切除術と抗凝固治療の効果の比較
私が行っている非弁膜症性心房細動症例に対する低侵襲内視鏡下左心耳切除術(文献1)は,従来の抗凝固治療に比べ,安全性,効能の持続性,患者さんのQOL,そして費用対効果においてまさっていると思います。
2008年に第1例を経験して以来,現在に至るまで350例超の低侵襲内視鏡下心房細動手術を行い,全例で左心耳を切除しました。全体の1/3は「左心耳切除術のみ」の症例群です(残りの2/3は肺静脈隔離などのアブレーションも同時に行いました)。80歳代の高齢者も多くいますが,全例,出血・脳梗塞などの術中トラブルや術後合併症もなく退院しています。ベーシックな内視鏡手術の技術や手術のコツを習得すれば,安全かつ迅速に行えるシンプルな手技であると思います。
一方で,抗凝固治療による深刻な出血トラブルは少なからず報告されていますし,抗凝固治療の出血性副作用に悩まされ,私の手術を希望する方もたくさんいます。
抗凝固治療は直ちに開始でき,その効能は素晴らしいと思いますが,問題はその効能を持続させられるかという点にあります。60歳から服用を開始すれば20年くらいは休薬・減量なく続けていく必要があるでしょう。しかし,高齢になるにつれ服用は困難になりますし,様々な理由で多くの患者さんがドロップアウトしていきます。左心耳閉鎖は,抗凝固治療と比した効能の非劣性が証明されていますが(文献2) ,切り取ってしまえば,左心耳は二度と生えてきませんので,その効能は永続的に保たれます。
実際,私の経験では,平均75歳の脳梗塞ハイリスク(平均CHA2DS2-VASc=4.5)症例群を,左心耳切除術後,抗凝固治療なく平均2年半(10%の患者さんが5年以上)経過観察し,1例も心原性脳梗塞の発症あるいは再発を認めませんでした。私とまったく同様の方法で2000例以上左心耳を切り取っている米国の心臓外科医のWolf(文献3)も,平均5年,最長10年の症例群に対する経過観察で,1例も心原性脳梗塞の再発を認めていません。
また,抗凝固治療は患者さんのQOLを低下させます(文献4)。消化管出血などの易出血性病変を持っていれば当然ですし,日常生活で活動が制限され不安を覚えながら抗凝固治療を受けている患者さんがたくさんいます。多くの患者さんの声を聞いてきましたが,左心耳切除術により抗凝固治療から離脱すると,出血などの副作用に対する不安も消え,QOLの向上を認めることができます。
費用対効果も,ますます厳しくなる医療経済を考慮すると重要視すべき因子です。診療報酬の変化はあると思いますが,現行の薬価で新世代の抗凝固薬(novel oral anticoagulants:NOAC)を4~5年使用するのと(私の方法による)低侵襲左心耳切除術はほぼ等価になります。NOACは4~5年どころか一生服用し続けなくてはならないわけですから,費用対効果は手術のほうが明らかに良いと言えるでしょう。
このように,左心耳切除術は,抗凝固治療に比べ,安全性を含めた術式そのものの効果が優れているのみならず,抗凝固治療から離脱させることによる効果,さらには経済的効果も期待できます。
(2)左心耳切除術が適する潜在的な患者数
なかなか難しいご質問です。現在,わが国に心房細動症例は100万人程度(100人に1人)いるだろうと言われています。そのうちCHADS2スコアなどで評価される血栓塞栓症リスクがあり抗凝固治療が必要な症例は約半数ですが,その30~40%は高齢,そのほかの理由で抗凝固治療非耐性と言われています。
上記のパーセンテージを参考にすると,100万人の人口のうち,血栓塞栓症の予防治療を必要とするが抗凝固治療を回避すべき心房細動症例が,1500~2000人程度潜在的に存在し,左心耳切除術の適応になりうるという計算になります。QOLの低下で悩んでいる方を含めればもっと多いでしょう。実際,内視鏡下左心耳切除術が少しずつ認知されるにつれ,多くの患者さんが,脳梗塞の回避効果以上に,抗凝固治療からの離脱という利点から手術を受けに来ます。
以上述べた抗凝固治療と比較したアドバンテージ,潜在的なニーズにより,非弁膜症性心房細動に対する(低侵襲)左心耳切除術は心臓外科の新分野として期待できる術式であると思います。
【文献】
1) Ohtsuka T, et al:J Am Coll Cardiol. 2013;62(2): 103-7.
2) Holmes DR, et al:Lancet. 2009;374(9689):534 -42.
3) Wolf RK:Ann Cardiothorac Surg. 2014;3(1): 98-104.
4) Alli O, et al:J Am Coll Cardiol. 2013;61(17): 1790-8.