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尊厳死を望む患者とその対応

No.4706 (2014年07月05日発行) P.70

竹中郁夫 (弁護士)

登録日: 2014-07-05

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

入院中の筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者(気管切開後は人工呼吸管理。胃瘻造設はしておらず経鼻胃管栄養。意識は清明で認知症の合併なし)より「経鼻胃管を抜去して安楽死させてほしい」との依頼がある。家族の意思も患者の希望と一致している。
本人曰く「知り合いの弁護士に相談したところ,人工呼吸器を外すのは違法だが胃瘻と胃管を外すのは合法」と言われたという。
経鼻胃管を除去すると経口摂取不可能なので同患者が死に至ることは確実で,未必の故意による殺人,自殺幇助などの法的な問題があると思われる。そのような事例が過去にあるか。また実際に行ったときに起こりうる問題について。(福岡県 S)

【A】

経鼻胃管挿入中で経口摂取不可能な患者の経鼻胃管を抜去すれば,以降の栄養摂取を断つこととなり,当然,殺人罪や自殺幇助罪の構成要件に該当することとなる。
もちろん,安楽死や尊厳死の議論は古くからなされてきており,安楽死や尊厳死に該るならば違法性は阻却されて犯罪は不成立とされるべきであるという考え方も支持されている。
ところで,わが国は「安楽死法」や「尊厳死法」といった安楽死や尊厳死を許容する法律を持たない。これまで殺人罪で起訴された事件において,その行為は安楽死あるいは尊厳死として犯罪にはならないのではないかと裁判で争われた判決例があるのみである。
例として主治医が,入院中の末期がんの男性患者に塩化カリウムを注射して死亡させたとして殺人罪で起訴された,いわゆる「東海大学安楽死事件」において〔横浜地方裁判所平成7(1995)年3月28日判決〕,判決は,被告人の行為が安楽死として違法性阻却事由となるかの判断の傍論として,「治療の中止」が違法性を阻却する場合をも検討している。
その中で裁判所は,治療の中止が適法と認められる要件として,(1)患者が治癒不可能な病気に冒され,回復の見込みがなく死が避けられないこと,(2)中止を求める患者の意思表示が中止を行う時点で存在すること,(3)中止の対象となる措置は,薬物投与,化学療法,人工透析,人工呼吸,輸血,栄養・水分の補給などすべてを含むことを明らかにしている。
ご質問のALS患者の場合,末期癌患者のような疼痛などに懊悩するという形ではないので「安楽死」問題というより,「尊厳死」(治療の中止)問題と考えられるが,問題は(1)の要件であろう。いかに回復の見込めない進行性の神経難病とはいえども未だ終末期と言えない時期においては,治療の中止は早すぎる「尊厳死」として問題になることもありえよう(長尾和宏医師のコラム参照。http://apital.asahi.com/article/nagao/20131206 00004.html)
この問題については,国会での立法論議や医療界におけるガイドラインの議論は進んではいるものの,やはり法律を欠くというところが大きく,実際に医師が神経難病患者の尊厳死に関与して立件されたと報じられた事例もなく,現時点であえて行ったときにどうなるかということは非常に予測しがたいところである。

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