【Q】
高血圧症の薬物治療において,ときどき拡張期血圧の降圧が困難な症例があり,薬剤の選択に苦慮している。
降圧目標は年齢や合併症などを考慮して,総合的に判断されるが,特に拡張期高血圧症の薬物治療についてはいかがか。発症機序を含めて,具体的に。 (大阪府 O)
【A】
最近でこそ,高血圧の治療は収縮期血圧を基準にすることが普通になっているが,元来,高血圧の治療方針は拡張期血圧をもとに組み立てられている。実際,現在でも新規降圧薬の治験指針は,降圧効果の一次エンドポイントを収縮期ではなく拡張期血圧の降圧度としている。
降圧薬を開始する血圧値や降圧目標値は140/90mmHgということになっているが,1960年代から1970年代にかけて実施された高血圧の薬物臨床試験などで繰り返しエントリー基準となり,したがってエビデンスに基づいた血圧値と言えるのは,拡張期血圧の90mmHgのほうであって,収縮期血圧の140mmHgではない。
収縮期血圧が高血圧の薬物臨床試験のエントリー基準となったのは,1980年代以降,高齢者を対象とするようになってからである。それまでは,はたして高齢者高血圧に降圧薬療法が有効かどうか,わかっていなかった。しかも高齢者高血圧の臨床試験は,収縮期血圧160mmHg以上を対象としており,160mmHg未満の収縮期血圧については,今でもほとんどエビデンスがない。では,なぜ140mmHgなのか。それは拡張期血圧90mmHgに相応する収縮期血圧の数値として140mmHgとしたにすぎない。
高血圧を拡張期高血圧と収縮期高血圧でパターン分類し,年齢別にみると,若中年者では,拡張期高血圧が主となり,加齢とともに収縮期高血圧が主となる。拡張期高血圧から収縮期高血圧に移行するのは55歳頃であると言われている。
本態性高血圧の病態は,年齢によって変わる。血行動態的には,高血圧の成因は末梢血管抵抗の上昇である。神経・体液性,血管因子によって末梢細動脈が緊張して血圧を上昇させる。その際は,心拍出量の影響を受けない拡張期の血圧がまず上昇する。血圧脈波の曲線は,上に移動し,平均血圧が上昇する。加齢とともに大動脈壁硬化が進行すると,収縮期血圧の上昇,拡張期血圧の減少という機転がこれに加わり,収縮期優位の高血圧に変化していく。
ところで降圧薬は,循環血液量を減少させる利尿薬やβ遮断薬,末梢血管抵抗を下げるCa拮抗薬やRA系阻害薬,α遮断薬などに分類される。長期使用により,両タイプともに,末梢血管抵抗を下げ,収縮期・拡張期両方の血圧,したがって平均血圧を下げる。より直接的に拡張期血圧を下げるのは,末梢血管を弛緩させる血管拡張薬である。
したがって,質問のように拡張期血圧を下げるのに困難な症例は,高血圧のステージから言うとまだ動脈壁硬化が進んでいない“若い”高血圧であることを示唆している。Ca拮抗薬やRA系阻害薬など血管拡張性の降圧薬を主体に治療を開始し,ついでそれらを併用し,さらには利尿薬も追加して,それでも拡張期血圧が90mmHg未満にコントロールできないときは,治療抵抗性の高血圧として対処する。