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食物に含まれる無機砒素

No.4749 (2015年05月02日発行) P.64

山内 博 (北里大学大学院医療系研究科環境医科学群 教授)

登録日: 2015-05-02

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

ヒジキや米に無機砒素が含まれていると聞きましたが,これは本当でしょうか。
(宮崎県 I)

【A】

(1)砒素と健康障害
現在,砒素と健康障害に関する話題は,自然由来の無機砒素による飲料水〔井戸水,0.05~0.5μg/mL(ppm)〕汚染からの慢性砒素中毒で,アジアや中南米諸国で社会問題化しています。WHOによると,一時期ハイリスク者を含めた対象者は9000万人に達し,国際社会の努力により減少傾向にはありますが,現在でも有効な改善や予防対策がなく4000万人以上が危険にさらされています。飲料水を汚染する無機砒素の源は火山にあり,汚染水の成分は温泉水に類似しています。
砒素化合物の毒性は化学形態に左右され,無機砒素が最も強く半致死量は0.03g/kg,これに対して,トリメチル化砒素であるアルセノベタイン(AsB)は10g/kgと無毒です。砒素の毒作用は体内分布の機序が影響します。無機砒素は胎盤を通過し,さらに,脳血液関門が未成熟な時期では脳組織に取り込まれ,疫学研究や動物実験から脳の機能や知的障害が危惧されています。さらに,国際がん研究機関は無機砒素の発がん性を最高ランクのグループAとしており,発がんの生涯リスクの観点から,無機砒素を含む食物摂取量の軽減は必要と考えられます。
(2)食物に含まれている砒素
食物(食材,食品)に含まれる砒素化合物を概括すると,無機砒素,メチル化砒素化合物(モノメチル・ジメチル・トリメチル化砒素),アルセノシュガー類(As-Sugs,ジメチル化砒素化合物),脂質砒素化合物などが知られています。砒素化合物は海洋生物に豊富に含まれ,海藻類では,ヒジキに無機砒素,昆布・ワカメ・海苔にはAs-Sugs,そして,魚介類にはAsBが含まれます。
2004年以降,先進諸国ではヒジキは毒物であるとして摂取禁止が法規制されるも,わが国は実施していません。ヒジキを食する習慣の1つとして,わが国が食糧難であった時代,広く海岸に無尽蔵にあったヒジキが注目され,ヒジキの毒性を知るよしもなく,ミネラルや食物繊維が豊富とする栄養学的な視点が強調され,良い食物として広く定着し,今日に至ったと思われます。
市場に流通している乾燥ヒジキは,国内産や輸入品(中国,韓国)がありますが,含有している無機砒素の濃度に大差はなく,農林水産省の報告では平均93(28~160)μg/g(ppm)とされています。一般的に海産物の砒素濃度は高い傾向にありますが,その中でもヒジキの値は際立っています。ヒジキの無機砒素濃度は水戻しの回数にて減少しますが,過度な水戻しにより食材としての魅力は失われます。海藻類に含まれる総砒素濃度は共通して高濃度であり,問題となる無機砒素の含有量はヒジキが総砒素濃度に対して90%以上,一方,昆布・ワカメ・海苔などの総砒素濃度は数十ppmと高値ですが,無機砒素の含有は比較的少ない特徴があります。無機砒素の毒作用から,ヒジキの一般社会での流通・販売や調理法の薦めにあたり,乳幼児や妊婦に対して危険性の認識の普及や摂取禁止の措置が必要と考えます。
ユネスコ無形文化遺産に登録され,国際的に注目される和食ですが,基本は出し汁に用いる昆布や,海苔が重要な役割を果たしています。これらの食材は毒性に関する情報が限られるAs-Sugsを高濃度に含んでいます。当研究室の研究成果から,昆布や海苔から抽出したAs-Sugsの毒性は無機砒素より低レベルである可能性が示唆されています。和食の食材の砒素問題については,現在,国際機関のコーデックス委員会では,米からの砒素摂取量の軽減に取り組む方針を提示し,わが国も関心を持っています。市場に流通している米に含まれる砒素濃度は平均0.17(0.04~0.43)μg/gと,海産物と比較してはるかに低濃度ですが,国内外で強く問題視する方向に進んでいます。
和食を国際食に推奨するわが国には,安全性に関する研究の迅速な推進と,食べ方の工夫なども含めた総合的な取り組みが求められています。

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