【Q】
重度の便秘,下腹部痛で受診,尿閉を併発しており,摘便後に導尿を施行することで下腹部痛が軽快した症例を3例経験しました。いずれも腹部手術歴はありませんでした。うち1例は1050cc導尿されたため,神経因性膀胱の関与を考えましたが,いずれも後日の再検では残尿は認めませんでした。偶発的とは考えにくいと思います。重度の便秘時に尿閉が併発する機序に関してご教示下さい。 (東京都 S)
【A】
尿閉は,急性尿閉と慢性尿閉に分類され,ご質問の症例は急性尿閉に該当するものと思われます。
急性尿閉は,救急外来を受診する泌尿器科疾患としては頻度の高いものであり,米国の調査では年間受診者数は人口1000人当たり4.5~8.3人と報告されています(文献1,2)。男性が圧倒的に多く,前立腺肥大が主な原因とされています。さらに,その頻度は年齢とともに上昇し,尿閉をきたすリスクは70歳以上で10%,80歳以上では30%に達すると言われています。これに対し,女性の急性尿閉は稀となっています。年間受診者数は10万人当たり3人で,男性:女性の発生頻度は13:1という割合でした(文献3)。
急性尿閉の原因は,前立腺肥大症を代表とする下部尿路の通過障害,糖尿病や脊髄損傷などの神経障害からきたす神経因性膀胱,抗コリン薬や抗ヒスタミン薬といった薬物によるものなどに分類されます(文献4)。便秘による急性尿閉も古くから知られており(文献5) ,便塊による下部尿路の閉塞や,便秘をきたすような神経障害に起因すると考えられています。しかしながら,実際には急性尿閉は多様な要因で発症し,その機序について明確に説明することは困難です。
Kerriganら(文献6)によると,慢性便秘患者16名に膀胱直腸生理機能検査を施行したところ,29名の健常者に対して膀胱容量の増大と直腸感覚の低下が認められました。また,直腸肛門抑制反射の低下も慢性便秘患者に多くみられ,便を排出する際の肛門括約筋の弛緩が起こりにくく,排出困難の原因となっていると考えられます。このことから,排尿中枢のある仙髄に潜在的な神経障害が存在し,これが直腸感覚や括約筋反射といった排便機能にも影響している可能性が示唆されます。つまり尿意や便意の感覚障害がもともとあり,何らかのきっかけで「溜まり過ぎ」の状態となって,尿閉や嵌入便になるというものです。したがって,普段は問題なく排尿・排便が行えます。
尿閉・嵌入便が同時に起こるという点については,直腸の便塊による下部尿路への直接的な圧迫は解剖学的には必ずしも起こりえず,むしろ尿・便ともに排出困難をきたすような神経障害が背景にあるか,便秘によって膀胱感覚が一時的に麻痺したために急性尿閉を起こすものと考えられます。
高齢者や脳血管障害の合併,活動性の低下した患者では,便秘や排尿困難は多くみられます。したがって,そのような場合に下腹痛や下腹部の膨隆がみられた場合は,尿閉と嵌入便を念頭に置いて診察にあたる必要があると思われます。
処置としては,摘便や浣腸,一時的な導尿で対処します。バルーンカテーテル留置や下剤の常用は必ずしも必要ありません。尿についても,便についても,定期的に排泄を促すよう指導し,繰り返すようであれば,それぞれ専門医に相談するとよいでしょう。
1) Meigs JB, et al:J Urol. 1999;162(2):376-82.
2) Jacobsen SJ, et al:J Urol. 1997;158(2):481-7.
3) Klarskov P, et al:Scand J Urol Nephrol. 1987;21(1):29-31.
4) Choong S, et al:BJU Int. 2000;85(2):186-201.
5) 梅津隆子, 他: 東女医大誌. 1962;32(7):293-6.
6) Kerrigan DD, et al:Br J Surg. 1989;76(7):748-51.