【Q】
私たちは局所進行前立腺癌に対して積極的に拡大手術に取り組んでいますが,かなりの高リスクで水平方向に広汎な被膜外進展を示す症例でも外側への垂直方向の被膜外進展はこれまでの認識と違い,意外と軽微なことが多いと感じています。あまり外側発育をしないのは癌の発育には前立腺間質環境が必要なためと思いますが,間質には癌の発育,進展を制御する働きもあるのでしょうか。細胞の分化,増殖,移動を制御するとされる細胞外マトリックスの見地で言えば理解できるところなのですが。獨協医科大学・深堀能立先生のご教示をお願いします。
【質問者】
川島清隆:栃木県立がんセンター泌尿器科第二病棟医長
【A】
最近では,癌微小環境において癌細胞に「教育」された癌細胞隣接間質細胞の癌増殖促進作用ばかり注目されていますが,癌細胞も上皮細胞ですから上皮間質相互作用を受け,増殖促進作用ばかりでなく増殖抑制作用も受けています。細胞外基質にも,増殖促進物質だけでなく増殖抑制物質や悪性化抑止物質が存在しています。
そもそも基底膜や線維被膜は物理的バリアとして癌の進展を阻止していますし,癌細胞はこれを分解する酵素を出さなければ浸潤することはできません(間質細胞がトンネルをつくるという話もありますが)。線維芽細胞や平滑筋細胞など細胞集団の壁も物理的バリアとなります。また「間質」には,これらの細胞のほかマクロファージやリンパ球などの免疫系細胞も存在し,癌の進展を抑制する機構として働いています。
被膜外浸潤の水平方向と垂直方向への進展の違いについては,それが確実かはわかりませんが,被膜穿孔部から外方への進展形式については,被膜を分解しながら接線方向に進展するよりは,臓器内の膨張部から押し出される形で接線に垂直な方向へ進展するほうが自然ではないかと思われます。この方向については,臓器の組織学的構造に起因するかもしれません。前立腺は導管を中心に腺房構造をとり,各腺房の周囲には線維性の細胞外基質が存在するので,浸潤方向としては同系列導管の支配領域への進展のほうが容易と考えられます。この領域内での膨張方向の延長に被膜外進展の方向があるのではないかと考えられます。
そのほか,アンドロゲン低下が起こると,これによって誘導されたTGF-βが,上皮細胞の増殖抑制だけでなく,線維芽細胞の遊走・増殖・コラーゲンの増生を誘導し,癌細胞の進展抑制に働くことが知られています。ある種の降圧薬は,間質細胞に作用して癌細胞増殖抑制効果を誘導することもあるようです。
このように間質は癌細胞の増殖促進にも増殖抑制にも働き,生物学的活性を発揮しています。