iPS細胞はその起源となった個体の全遺伝情報を引き継ぐため,移植用ソースへの応用だけでなく,難治性疾患の病態解明や新規治療法の開発へ向けた有用なプラットフォームの提供が期待されている。従来,十分な量の心筋細胞を生体から得ることは困難であり,動物モデルには種による差異が存在する点などからも,ヒト由来の心筋細胞を安定的に入手することが重要な課題であった。
そこで,iPS細胞の開発後ほどなくして,遺伝性不整脈や心筋症などの難治性心疾患患者の体細胞から作製した,患者特異的iPS細胞を用いた疾患解析が世界中から相次いで報告されてきた1)。代表的な疾患を挙げると,先天性QT延長症候群の患者から作製されたiPS細胞由来心筋細胞では,in vitroの実験系において活動電位持続時間が持続しており2),肥大型心筋症患者から作製したiPS細胞由来心筋細胞では,やはり心筋細胞の肥大が確認される3),などといった病的表現型が培養皿上で再現できることが明らかになってきた。
次のステップはその表現型に至る分子生物学的な解明であるが,iPS細胞由来心筋細胞は成熟段階やサブタイプなどにおいて非常にヘテロな細胞であるため,より洗練された実験系の構築がきわめて重要である。プロセスを1つずつ解決することにより,これまで未知であった病態に関わる経路や新規治療法の解明が強く期待されている。
【文献】
1) Tanaka A, et al:Int J Mol Sci. 2015;16(8): 18894-922.
2) Moretti A, et al:N Engl J Med. 2010;363(15): 1397-409.
3) Lan F, et al:Cell Stem Cell. 2013;12(1):101-13.
【解説】
田中敦史,*野出孝一 佐賀大学循環器内科 *教授