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(2) 高血圧症学[特集:臨床医学の展望]

No.4740 (2015年02月28日発行) P.22

大屋祐輔 (琉球大学大学院医学研究科循環器・腎臓・神経内科学教授)

登録日: 2016-09-01

最終更新日: 2017-04-10

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  • ■高血圧症学の現状と展望

    本稿では,2014年のトピックスを取り上げながら,2015年の高血圧学臨床の展望について言及する。この分野での最も大きな話題は,日本高血圧学会が2014年4月に高血圧治療ガイドライン(JSH2014)を改訂したことである。前回の2009年版以降の臨床面でのエビデンスや他国のガイドラインをベースに専門家のコンセンサスをまとめたガイドラインであり,高血圧,腎臓,循環器などを専門にしない一般医家を主な対象としている。前後して,米国でもEighth Joint National Committee(JNC 8)の委員によるガイドラインやヨーロッパの高血圧治療ガイドライン(ESH/ESC2013)が発表されているが,3つのガイドラインは方針が微妙に異なっており,それぞれの国の状況を反映したものと考えられる。
    降圧薬については,直接的レニン阻害薬の発売以降,新規のメカニズムによる降圧薬は発売されていない。LCZ696は,ネプリライシン(neprilysin:NEP)阻害薬とアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(angiotensinⅡ receptor blocker:ARB)のバルサルタンの機能部位をひとつの分子として合成した新規化合物である。NEPを阻害することで,ナトリウム利尿ペプチドによる血管拡張作用,利尿作用を増進させるとともに,レニン-アンジオテンシン(renin-angiotensin:RA)系抑制を介した降圧と,臓器保護などプラスアルファの効果が期待されている。この薬物がACE阻害薬に比較して心不全患者の予後をより改善することが報告された。LCZ696は,わが国において降圧薬として開発が行われていたが,心不全治療薬として開発するよう会社の方針が変更されている。
    一方,降圧薬では,降圧薬同士の配合剤として,ARBとCa拮抗薬,ARBと降圧利尿薬などで複数のものが発売されている。2013年,2014年と,ARBの標準用量や高用量にCa拮抗薬の標準用量や高用量とをそれぞれ組み合わせた配合剤が発売され,選択肢が増えた。このほかには,β遮断薬のビソプロロールの貼付剤が発売された。貼付後の血中濃度の緩徐な上昇,貼付中の安定した血中濃度が特徴である。β遮断薬の降圧治療における役割を考えると,頻脈を有する高血圧,心房細動のレートコントロールが必要な高血圧合併例,心不全合併高血圧などで有用な剤形となる可能性もある。
    診断では,臓器障害に対する検査が将来のリスク評価に有用である。同時に,これらの検査は,治療効果を判定するためのサロゲートマーカーとしての評価も徐々ではあるが検証されてきている。脈波伝播速度(brachial-ankle pulse wave velocity:baPWV)は,わが国で広く用いられてきたが,予測因子としての意味づけが不明であった。近年のコホート研究から,baPWV≧18m/sは,予後不良の要因とされている。一方,頸動脈内膜中膜肥厚(carotid intima-media thickness:IMT)は,臓器障害の指標としての使用が広がってきており,JSH2014でも,maxIMT(すべてのIMTの最大値)が1.1mm以上を予後影響因子として採用している。

    TOPIC 1

    日本高血圧学会「高血圧治療ガイドライン2014」(JSH2014)1)

    (1)JSH2014の位置づけ

    高血圧診療における2014年の最も大きなトピックスは,高血圧治療ガイドラインが改訂されたことである。2013年のヨーロッパのガイドラインの改訂および,2014年の米国のガイドラインの改訂とともに,高血圧診療の主要なガイドラインが改訂されたことになる。
    ヨーロッパおよび米国のガイドラインでは,以前に比べ,エビデンスをより忠実に反映する方針で,エビデンスがないものは推奨しないようになった。そのために,降圧目標などについて,たとえば糖尿病合併高血圧患者では降圧目標レベルが高い値に変わっている。
    一方,JSH2014では,これまでに発表された高血圧診療に関するエビデンスを採用しているが,それらの解釈や臨床での応用については,専門家の意見を取り入れたevidenced based consensus guidelineとして編集されている。また,日本の実情を反映する方針となっているため,欧米のものとは一部異なる。

    (2)今回の主な変更点

    内容としては,従来と較べて大きな変更はないものの,以下の①〜⑨などが主なポイントである。
    ①家庭血圧の測定回数は1機会に2回を推奨(JSH2009では1機会に1回)。
    ②診察室血圧と家庭血圧が食い違った時は家庭血圧を重視すると明言。
    ③若年・中年の降圧目標は140/90mmHg未満と変更(JSH2009では130/85mmHg未満)。
    ④後期高齢者の降圧目標が150/90mmHg未満と変更(JSH2009では最終目標が140/90mmHgで,最初の目標は150/90mmHg未満)。
    ⑤主要降圧薬はCa拮抗薬,アンジオテンシン受容体拮抗薬,ACE阻害薬,少量の利尿薬,β遮断薬であるが,積極的な適応がない場合の最初に用いる降圧薬(第一選択薬)は,β遮断薬を除いた4種類(JSH2009では主要降圧薬は第一選択薬と同じ5種類)。
    ⑥慢性腎臓病合併高血圧で蛋白尿がある場合は,レニン・アンジオテンシン系阻害薬を用い130/80mHg未満とするが,蛋白尿がない場合は,β遮断薬を除く4つの主要降圧薬を用い140/90mmHg未満とする(JSH2009では原因や蛋白尿の有無での方針の差が明確ではなかった)。
    ⑦欧米のガイドラインで引き下げられている糖尿病における降圧目標は,変更せず130/80mmHg未満。
    ⑧抗血栓薬使用中の降圧目標値を提示(日本では脳出血が多いため130/80mmHg未満)。
    ⑨認知症と高血圧との関係などに言及(中年期の高血圧は認知症発症のリスクである)。
    一方,欧米では変更が行われているが,JSH2014では変わらなかった代表例が,糖尿病治療における降圧目標値である。欧米では収縮期血圧を140 mmHg未満に緩和する動きが広がっており,米国糖尿病学会(American Diabetes Association:ADA)は2013年より,降圧目標を140/80mmHg未満に緩和し,さらに2015年には140/90mmHg未満とさらに緩和している2)。また,ESH-ESC2013ガイドラインでも140/85mmHg未満となっている。わが国のガイドラインではJSH2014でもJSH2009と同様に130/80mmHg未満である。降圧目標値が変わらなかった大きな理由は,欧米に比べて,心血管病の中で脳卒中の占める割合が多いためである。降圧目標値の緩和のきっかけとなったACCORD試験3)においても,脳卒中発症については,より低い血圧レベルにコントロールした群で,有意に,さらに大きな脳卒中の抑制がみられていた。日本人のコホート研究での結果もふまえて,現時点では,130/80mmHg未満がわが国では妥当な数字と考えられるが,今後,さらなるエビデンスの蓄積が必要と考えられる。

    【文献】
    1) 日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会:高血圧治療ガイドライン2014. 日本高血圧学会, 2014.
    2) American Diabetic Association:Diabetes Care. 2015;38(Suppl):S1-94.
    3) ACCORD Study Group:N Engl J Med. 2010;362(17):1575-85.

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