インスリン抵抗性を基盤とした糖代謝異常がプラーク破裂による急性冠症候群(ACS)の発症に関与している
心血管イベント抑制のためには,糖尿病の早期発見,早期治療が重要である
早期治療にはプラーク安定化のため,インスリン抵抗性,食後高血糖を改善する血糖降下薬の選択が必要である
冠動脈インターベンション(percutaneous coronary intervention:PCI)は,冠動脈の狭窄部に対する局所治療であり,冠動脈バイパス移植術(coronary artery bypass grafting:CABG)と同様の長期予後改善効果を獲得するためには非狭窄部のプラークの安定化が重要となる。飽食と運動不足の現代社会において,インスリン抵抗性を基盤とした糖代謝異常はプラークの不安定化,プラーク破裂による急性冠症候群(acute coronary syndrome:ACS)の発症に深く関与している。
これらのことから,循環器医も糖尿病の病態をよく理解し,薬剤溶出性ステント(drug-eluting stent:DES)のみならず,積極的にもう1つのDES(diet,exercise,stop-smoking)およびエビデンスのある薬物療法を実践していかなければならない。これからのinterventional cardiologistは,metabolic cardiologistと呼ばれるほどに糖尿病への知識が必要とされ,糖尿病専門医,動脈硬化専門医との連携も重要になると思われる。本稿では,循環器医の視点から心血管イベント抑制のための糖尿病治療戦略として行っている,冠動脈疾患の早期先制治療について論じてみたい。
厳格な血糖管理は心血管イベントを抑制するということを証明するために,欧州,米国でADVANCE(Action in Diabetes and Vascular Disease:PreterAx and DiamicroN Modified-Release Controlled Evaluation)試験(1万1140例)1),VADT(Veterans Affairs Diabetes Trial,1791例)2),ACCORD(Action to Control Cardiovascular Risk in Diabetes)試験(1万251例)3)を行い,2008年に米国糖尿病学会(American diabetic association:ADA)でその結果が報告された。ADVANCE試験は血糖降下薬としてSU薬のグリクラジドを,VADTはチアゾリジン(TZD)薬のロシグリタゾンを用い,ACCORD試験はインスリンを中心にSU薬,TZD薬,メトホルミンなど多剤併用療法で行われた。
主要心血管イベントは3つの試験いずれにおいても,強化療法群で有意に低下させることはできず,ACCORD試験では有意に死亡率を増加させ,試験は途中で中断することになった。ACCORD試験は米国で実施され,糖尿病罹病期間が平均10年,平均年齢62歳,男性62%,心疾患既往35%の2型糖尿病患者1万251例が登録された。強化療法群はメトホルミン95%,SU薬87%,TZD薬92%,インスリン77%が投与され,HbA1cは6年後6.7%と通常療法群の7.5%に対して有意に低率であった。しかし,主要評価項目(心血管死,非致死性心筋梗塞,非致死性脳卒中)の発生頻度は,強化療法群2.11%/年,通常療法群2.29%/年と両群で有意差(P=0.16)は認めなかった。これに対して,総死亡は強化療法群1.41%/年,通常療法群1.14%/年と強化療法群で有意(P=0.04)に高率であった。強化療法群で死亡率が高い原因として,医療処置を必要とする重症低血糖が高率に発生していることが考えられた。循環器医の視点からは,重症低血糖は交感神経の活性化を促し,これにより不安定プラークの破裂,凝固系亢進,スパスム,致死性不整脈を誘発し,心臓突然死を発症させる可能性があると推察される。
以上のエビデンスより導き出される結論は,空腹時血糖やHbA1cの管理のみで心血管イベントは抑制できず,現状を改善するためには新たな糖尿病治療戦略が必要であるということである。
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